「ヘタな小説の書き出し手法はもうやめよう」
真の才能に触れた女は、あっさり終わりを決意した。
「今日はTシャツの日」などと投稿している場合ではなかった
米よりパン派、パンマニア、パンフリーク、パン愛好家など、戦後の日本においては米よりパンが好きという一定層が形成され、パンカルチャーも定着し、ブログやSNSなども含めてパンにまつわる情報を発信するメディアが多数存在するようになった。
女も「米よりパン派」である。ただし、たまには米も食べるであろう世の中の「米よりパン派」とは大きく異なると女は自負している。その理由はこうだ。
1に関していえば、炊飯へのこだわりをもってあえて炊飯ジャーを持たず、土鍋(あるいは鍋)を選択している“丁寧な暮らし”を目指しているわけではない。真に必要がないからだ。
2に関していえば、女が学生時代の初期は実家からの仕送りに米が入っていたが、女が再三「米より母が焼くパン」をリクエストすることからそれが途絶えた。以降は、冷夏に伴う“平成の米騒動”によりタイ米やカリフォルニア米が流通した際、もの珍しさから近所のスーパーでタイ米を購入したのが女にとって最初で最後の体験となった。
どうしてここまで米を食べないのか。
米を受けつけない体質でもなく、嫌いなわけでもない。ましてや米を否定する非国民でもない(一応)。「米を食べるキャパがあるならパンを食べたい」。シンプルにそれだけのことだ。それ以上でもそれ以下でもなく、裏も表も深い考えも信念もなにもない。その証拠に女は「パンと同じ原料だから」という理由でビールも好きだと主張する。女の嗜好はそれほどに浅い。
出社であろうとリモートであろうと、はたまた休日であろうと、女の朝は早い。
コロナ以前ではあるが「会社に住んでる説」なども囁かれ始めたころから女は、朝早い理由を逐一説明することが面倒になった。
そうした無駄を省くためにもブログはある。「あいつ朝早ぇな」と思った方は読んでください。