西方冗土 | 赤点ブログ

赤点ブログ

故あってこのようなタイトルに。

掲題は、中島らも作品で大好きなエッセイのひとつである。

 

今日、久しぶりの関西出張でまさに西方冗土な人々、しかもどちらタクシードライバーという奇跡に出くわした。西方、いや、関西のタクシードライバーの多くがそうなのか、たまたま往路復路で私が出くわしただけなのか、そんなことはどうでもいいほどのネタ人材だったので、これまた久しぶりに物語調ログに残しておこうと思った。

 

 

******

 

 

【往路物語】

そのドライバーは駅のタクシー乗り場の先頭で待っていた。

乗り込んだ刹那、目に飛び込んだのは『NHKテレビテキスト 囲碁講座』を熟読する高齢ドライバー。危険を察知しながらも、タクシー乗り場の先頭優先のルールを破る勇気もなく仕方なく乗り込んだ。行き先の住所を詳細に告げた私に「はい?」と何度も、しかも手製のメモ帳とペンを片手に聞き返す高齢ドライバー。これは...アクセルとブレーキを踏み間違える高齢ドライバーによる数々のニュースが頭を巡った。「もうダメかも」。そうも思った。

 

高齢ドライバーは、自ら書き留めた住所のメモ書きをナビに入力し始めた。私は、入力に間違いがないか後部座席から固唾を飲んで見守るしかなかった。目的地の住所が無事に入力され、私はホッとしてシートベルトを着用しながら車内を観察した。そこにはタッチパネルもデジタルサイネージもなければ、クレジットカード決済用の端末すらない。現金決済必至の状況で、私は財布に相当の現金があることを確認し「なんとかいけそう」と安堵した。

 

ほどなくして大きな交差点に差しかかり、赤信号で停車した。高齢ドライバーは助手席に置いた『NHKテレビテキスト 囲碁講座』に手をかけ、付箋を貼った部分を読み始めた。まさか...信号待ちでも『NHKテレビテキスト 囲碁講座』を手放さない高齢ドライバーの姿に、私は再び「もうダメかも」、そう思った。もはや白目状態で後部座席に身を委ねるしかなかった。

 

15分ほど経過したころだろうか。「お客さん、つきましたで」。高齢ドライバーが淡々とした口調で声をかけてきた。私は我に返って「お会計は現金ですよね?」 と、決めつけ前提で尋ねたところ、高齢ドライバーからは意外な答えが返ってきた。

 

「なんでもいけますよ、PayPayでもええですし、クレジットカードでもええですし、もちろん現金でもええですよ」

 

わけのわからぬままPayPay決済を済ませた私は、PayPayと『NHKテレビテキスト 囲碁講座』のギャップに戸惑いながらアポ先へ向かった。

 

 

******

 

 

【復路物語】

生きた心地がしないままアポを終えた私は、復路はタクシーアプリに頼ることにした。

配車手配から数分してタクシーが到着した。「アプリ最高!」嬉々として乗り込んだ私に、往路ほどではないけれどもそこそこ高齢のドライバーが声をかけてきた。「おっきなスタジオでんなぁ。おたく、プロのカメラマンでっか?」

 

嫌な予感がした。

 

<つづく>