今回は、「神様に選ばれ、遣わされるお方とは、どのようなお方なのか?」

ということについて書かせて頂きたいと思う。

ユダヤ教、キリスト教、そして天心聖教は、「神様の御降臨によって開かれた宗教」であることは、今までにも何度か書かせていただいた。

神様の御降臨は、我々人間がいくら祈っても叶うものではない。

また神様の御姿を拝したり、神様の御声を直接お聞きすることも、我々一般人がいくらお願いしても叶うものではない。
あくまでも神様の御計画によってなされるものである。

 

人間の修行によって神様の御告げを賜ることはできない

初代様は、「開運の秘訣」と題する御訓話で、次の通りお諭しくださっている。
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神事ということは、如何に賢い人でもまた如何に荒行したとて、一生かかっても神の声など聞こえるものではありません。
なぜかと言うと、これには二つの問題があります。
その一は、なんとかして神様を追い詰めて、捕らえようとするやり方にすぎないこと。
その二は、御神示を頂こうとすることは、自分が神様を自由自在にして、すなわち神様を使うとか、あるいは利用する意味にほかならないこと。
そうすると、この問題を戦前の日本にたとえて申し上げたなら、
つまらない者が、殿様や天皇陛下に直接お目にかかる光栄に浴したいと思っても、到底不可能であったように、況や神様ですから、天皇や殿様という人間とは訳が違って、到底問題になるものではありません。
なぜかと言うと、神様は人間に利用されたり、使われたりするものではなく、神様が人間を使うのであるからであります。

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とお諭しになられた。

「神様の御告げを賜りたい」と思って、荒行などをする行為は、

①人間の都合で神様を追い詰め、捕らえようとするやり方に過ぎない。

②人間が神様を使い利用しようとする行為に他ならない。

ということなのだ。

したがって神様の御告げというものは、神様の御意志によってのみ、神様が選ばれた御方に限って下されるものなのである。
 

天心聖教には、「神は数多の人に現れて我の師となり教え給う」という教えがある。

我々信徒は、いろいろな人を通し、また様々な現象を通して、神様の御教えを直感することは、日々の生活の中で体験させていただくことは多い。

しかし直接神様の御姿を拝したり、御声をお聞きすることは普通はない。

 

ただ稀に信徒の中で、神様の御姿を拝したり、御声をお聞きしたという方もいらっしゃる。

神様の御姿を拝したという子供から、私は直接話しを聞いたこともある。

しかしそれは、本人がそのように願ってのことではなく、神様の御意志によってなされたことであり、特別な場合に限られる。


したがって、神様の御姿を拝して御心をお伺いをし、神様から御言葉をもって教えを授かることができるお方は、モーセ、イエス、初代様のように、救い主として、または預言者として、神様に選ばれた御方に限られているのである。

 

神様がお選びになる人とは

では、神様は、どのような方を救い主としてお選びになられるだろうか?
そのことについて初代様は、同じご訓話の中で、次の通りお諭しくださっている。

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神様よりご覧になれば、世界に何十億の人類がいても、その中から選ぶ者は一人もいないのであります。
よって人間の中から選ぶのではなく、神様がこの辺で使命を降さねばならない、という時期に至った時に、使命を降す者に対して、その者がいまだ影も形もない、すなわち妊娠する前からの、神の御計画によって、神が現した者のみに、神の代理として使命を降すのであります。
したがってイエスなども何歳の時に、神様が使命を降し給うたのではなく、マリアが妊娠する前に、すでに神様のご計画によって、イエスを妊娠したものであるからこそ、あたかも生き神様のように、奇蹟が数限りなく現れているのでありまして、そこに神の子といえるのであります。
したがって神様のご計画によって現れたる者は、すでに「宿神」を持って生まれ出ているのでありますから、神事に対して特別修行などしなくとも、そなわっているので、そこに人知を以て測り知ることのできない奇蹟や、不思議な出来事が起こるのであります。
左様な意味から、宿神のない者が、如何に修行や荒行などをしてみたところで、それはあたかも陸で魚を釣るが如く、一生やってみても不可能であるという答えが出るのであります。

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とお諭しくださっている。

宇宙絶対の神様に選ばれるお方は、生まれたときから「宿神」と称して、神を宿して生まれ、時が満ちた時に、神様から御使命が下されるのである。

したがって宇宙絶対の神様の御告げを受けることができるお方は、人類史上でもごく限られた方だけなのだ。

 

よって、ときどき見かける、「神様と交信できる方法」とか、「御神託を授かる法」などの類のものは、本来あり得ないことで、そのような軽々しいものではないのである。

 

神事と霊現象は全く違うもの

 

もしも本当に何らかの霊的な交信があるとするなら、それは神様ではなく、ほとんどの場合、霊現象だろう。

霊の姿が見えたり声が聞こえたりする霊感体質の人は、世界中に数多くいる。

霊能者と呼ばれる人たちも、霊感体質と言える。

 

しかし神様は、人間界を霊界と現界に分けてお創りになられたのであり、霊との交渉は、我々現界の人間には必要がないもので、霊と交渉が出来たからと言って、幸せにつながる訳ではない。

霊がお礼を言いに来る、という場合もあるが、普段から霊との交渉ができるという状態は、あまり良いことではない場合が多い。

 

次回は、その「霊現象」について書かせて頂きたいと思う。