青雲譜70「青雲荘の仲間たち」最終章1

「時、経ちぬ!・・真夏の夜の東京」

令和5年7月下旬。

東京の日本橋で、コロナ禍後、4年ぶりに「秋田大医学部2期生の同級会」が行われた。

日本の首都、東京は、ものすごい暑さだった!

午後4時。ホテルのフロントから、タクシーの予約は、無理との連絡が入る。

オープンまでには1時間以上ある。

八重洲口のホテルから、三越付近の三菱ビルまで、ゆっくり歩いて行くことにした。

 

くそー、暑い!

とにかくも暑い!

道路の上は、ユラユラだ!

陽炎?・・逃げ水?・・

 

すれ違う人々は、全員が全員、マネキン人形の顔して、口だけパクパクしている!

声がまったく聞こえてこないのだ!

“あっぱ”なの?(唖者・・福島、山形の方言)

 

あっちから、こっちから、やたらゾロゾロ出て来る。

舜司の世界とは、まったく異なる世界の人間のようだ!

これって、サイレント映画?

まさに、チャップリン映画そのものじゃないか!

音がないくせに、やたら五月蠅(うるさ)くてさ!

“雑踏と喧騒”の世界だ!

 

『フーン、やっぱりな!』

『これが、東京なんだ!』

 

50年以上も前、舜司は、浪人時代にも同じような感覚を味わった。

『こいつらは、いったい何者なんだ?』

『いな、いな、自分の方こそ、いったい何者として扱われてしまうんだ?』

 

最近、日本では、特に東京では、訳の分からぬ無差別殺人事件が多発している!

あってはならぬこと!

当たり前のことであるのだが、一人の人間が、ケシ粒程度の存在にしか感じられなくなってしまったら、さもあらんかな!・・・なんて、変な気分になってくる。

 

周りの人々に、誰一人として、自分という人間の存在が、認識されておらず、見えてさえいないとしたら!

一人の人間としての存在に、まったくの実感がともなわなくなってしまっていたとしたら!

完全な“透明人間”だ! 

これでは、錯覚してしまうな!

 

東京でなら、何をしてもいいのかもしれない?

東京でなら、何をしても許されてしまうのかもしれない?

 

『わおー!』

『お前ら、無視してんじゃねーよ!』

『俺を見ろ!って!』

『くそー、息苦しいな!』

『何なんだよ!声も出なくなってんのかよ!』

 

『舜司!』

『舜司!』

『目の前を、よーく見るんだ!』

『さあ、深呼吸!』

「ス──、フ──!」

「ス──、フ──!」

『なに?なに?・・・・』

『これって、もしかしたら、パニック症候群?・・』

 

遠くに、石作りの立派なビルが見える。

『あっ、ライオンだ!三越だ!三越だ!』

『あーあ、どうにか発狂しないで、日本橋の三菱ビルまで辿り着けそうだ!』

 

案内状を見直し、会場を確かめながら、エレベーターに乗った。

すると、淡い薄闇の中に、白髪の老人が一人だけ乗っていた。

見知らぬ老人だ!

無言のまま、舜司は、老人を背にして3階のボタンを押した。

嫌な沈黙の時間が、数秒過ぎた!

「おう!おう!」

「沖田!・・しばらく!」

『えっ?』

『誰?誰?』

『知らないんだけど!・・』

「ああー!」

「・・・し、しばらく!」

『いったい誰なんだ?見たことあるような、ないような?』

混沌のまま、知り合いのふりをして舜司は、その老人の後ろを付いて行った。

「会費を払ったら、ここにサインしてよ!」

「OK!OK!」

会場では、幹事に言われるままサインをし終えた。

『一体全体、あの老人は、誰なんだ?・・』

舜司は、何気ない素振りで、老人のペン先を凝視していた!

『ええっ?・・うそ?』

“さ・・さかにし”だって!うそだ!』

『見間違えるはずないじゃん!坂西だよ!』

『わからないはずないじゃん!坂西だよ!』

『参ったな!かくも、記憶の中の坂西と現実の坂西が異なっているなんて?』

『はやーー!』

時、経ちぬ!

時、経ちぬ!』 

『君、老いたり!君、老いたり!』

「我、老いたり!我、老いたり』

 

この同級会、白髪は当然としても、腰が曲がり、歩くのもぎこちなくなっている同級生も垣間見えた。

自分自身も含め『老いたり!』と実感してしまい、切なさがつのるばかりだった。

3時間余り旧交を温めてから、同級会は解散と相成ったが、帰りもまた、一人、ホテルまで歩いて帰ることにした。

携帯の音声ナビを頼りに、東京の夜をブラついてみるのも“粋”と感じ、一人ほろ酔い気分のまま、歩を進めることにしたのである!

蒸し暑い真夜中!

いい気分だぜよ!

時より生あったかい風が、頬を撫でていく!

少し遅れて、吐き気催す悪臭が、付いてくる!

あーあ、これこそが東京だ!

汚くてさ、臭くてさ、でも、なんか“おつ”じゃねー?

 

しかし、粋がって歩いてはいたものの、歩けど、歩けど、いっこうに目的のホテルには、たどり着けないのだ!

大きな石垣、幾重にも重なる陸橋、そして大きなスクランブル交差点!

『あれ?あれ?』

『またもや、名も知らぬ大きなホテルのエントランスに到着だ!』

『変だな?・・・』

『同じ所をぐるぐる回っているようだ?』

酔っぱらっているし、汗はかきまくり、頭がぐらぐらしてきた!

『これは、やばい!やばいぞ!』

『熱中症の一歩手前じゃん!』

・・・・?

携帯ナビの画面を少しだけ縮小した。

目的のホテル名のある方向に、ただ、ただ、歩くことにしたのだ!

こんな簡単なことに気づくのに、1時間労するとは?

情けない!

音声だけを信じ込んで・・・

声に振り回されてしまっていたなんて!

アホさ加減に呆れてしまった!

まったく!

・・・・

ようやく到着!

ベトベトのワイシャツを脱いで、シャワーを浴びてベッドイン!

『あ~あ!何だよ?疲れきってるって言うのに、眠れないぞ!』

『暑過ぎなんだよ!疲れ過ぎなんだよ!』

『ちくしょう!気分もすぐれないぞ!モヤモヤだ!』

『あーあ、いったい何なんだろう?・・・今回の飲み会は?』

『俺がなにしたって?何もしてないよな!』

『何で、坂西や芹沢さんに説教じみた諫言を言われなきゃならないんだよ?』

・・・・

「沖田さんって、超真面目な人と思っていたけど、面白い人なんですね!」

舜司が近況報告を終え、段を降りようとした時、小桧山さんと一緒のテーブルに居た九州の増子さんが、怪訝そうな顔をして声をかけてきたのである。

小桧山さんは、かなりアルコールが回っているらしく、上気した顔で、

「そんなことないわよね!私たちのグループは、みんな気さくで、楽しかったものねー」

「増子さんは、知らないからよ!そんなイメージ持ってるのは!」

「学生時代は、和気あいあい、ほんと楽しかったよネー 沖田さん!」

「うん!そうだったね!」

「今になってみると、苦しい思い出でも、みんな楽しい思い出になっちゃってるしね!」

「そう、そう!」

「でもね・・?」

「私、この頃、何とはなしに、気が重くなることがあるんだよねー」

急に、小桧山さんが、首をかしげながら脚を組み直したのである。

「えっ、どうしたん・・?」

「んーん!あのね、絵里ちゃんのことネ・・!」

「沖田さんはね、卒業してからも、少し連絡とってたって言ってたじゃない!」

「それなのに、私は、同じ北海道で、同じ高校だったのに・・・!」

「何もしなかったから!何かしら、もっとしてあげれたんじゃないかって・・?」

「そんなこと気にしてんのかよ?あれは、仕方なかったことじゃん!」

「不安だらけだったんだから!あの時は、あの時で、“いっぱい、いっぱい”だったんだよ!」

「でも、沖田さんはさあ、それなりに自分自身、誠意を尽くせた訳じゃない?」

「でも、私はね!出来ていないの!」

「そんなことないって!人は人、自分は自分!」

「後悔しても何にもならないよ!」

「僕は、みんなが幸せであってほしいな!って、望んでいただけなんだ。」

「無視していることは、罪のように感じたんだよ!」

「でも、周りの人からは、連絡なんかして、“不幸せ”だったらどうするの?って、非難もされたよ!」

「自己満足したいだけじゃない!って!」

「結果は、“不幸せ”だったけどね!」

「だからさあ、どれが、正解なのかはわからないことだよ!」

「僕たちは、誠意の競争をしてる訳じゃないんだからね!」

「後になってからはさあ、グループとして、もう少しサポートはできたのかも?っては、思ったりはしたんだけどね!」

「でもね、あの時は、あの時!」

「きっと、あれで精一杯だったんだよ!みんなで出した結論だったんだから、仕方ないことだよ!」

「家康の言うように、“人生は、重き荷を背負おうて、歩く如し!”」

「後悔しちゃ駄目だよ、大事なのは、それを、これからの残った人生にさあ、生かしていくことだろう!」

「自分の道は、自分で切り開いていくんだから、自分の思うことを、精一杯やっていけばいいんだよ!」

「過去にとらわれず、過去を糧にしなくちゃ!」

「なっ!元気、元気!」

・・・・・・

あっという間の2時間!

同級会は、お開きになったが、当然ながら、名残惜しそうな芹沢さんを囲む15名近くの者は、二次会を設けることとなった。

同ビルのダイニング・バーで、二次会開催!

舜司は勿論、出席。

小桧山さん、増子さん、弓山君、星君、向かいには、芹沢さん、坂西君、岡本君等が席を取った。

酎ハイやらウィスキーの水割りやら、銘々のオーダーで二度目の乾杯の音頭。

小桧山さんは、ワインも相当飲んでいたらしく、もうへべれけ状態。

二人を挟んでいるのに、身を乗り出して舜司に再び語り掛けてきたのである。

「沖田さん!こっち、こっち、向いてよ!」

「私はね、知足安分と言う言葉、嫌いなの!」

「だってさ、これではさあ、“向上心持つな!”に、なっちゃうでしょう!」

「大人しくして安住してなさい!じゃない?嫌いだな!」

「まああね、そうとも取れるね!」

「でも、おそらく、秋田の大学時代の僕たちや、一般臨床医の僕たちにとってはさあ、適した言葉じゃないのかなーとも思うよ!」

「つまりさ、無い物ねだりは、だめだってさあ!その立場、立場で、Do your best!これに尽きるって言ってんじゃない!」

「向上心は大切だけど、無理な“もっと、もっと”は、ダメだって、節度を持てってね!」

「でも、私には、やっぱり駄目だわ!“現状に安穏してろ!”としか聞こえないもの!」

彼女にこそ、“才女”と言う言葉はぴったりなのかもしれない!

二人の女の子をもうけて、一人は、東大法学部主席卒業、ハバード大学留学、弁護士、そしてコメンテーター、もう一人は、札医大卒の皮膚科の女医さんだって!

いやはや彼女の遺伝子の凄さには、兜を脱ぐしかない!

そんな彼女が、またもや、舜司の袖を引っ張っては、椅子越しに“ボヤき”始めるのである。

こんな酩酊状態の彼女を見て、舜司は戸惑ってしまっていた。

「沖田さん!私はね、やっぱり、いけなかったと思うわ!」

「何か、手助けしてやったり、聞いてやったりさ、出来たんじゃないかって、後悔してるの!」

「あの頃はネ、本当に自分のことで精一杯!他の人のことなんか構える余裕はないって、心底思っていたわよ!」

「でもね、本当は、避けていたのかもしれないわ!」

「この頃ね!あの時は、もっとね、何かできたんじゃないのかな?って、思えて、本当に、心が重いの!」

「わかるー?」

「沖田さんでさえさあ!連絡とったんでしょう!」

「だったら、なおのこと、私はって!なるでしょう?」

「大学4年のあの時はさあ、あの時は、あの時でさあ、精一杯!最善の決断だったと思うよ!」

「僕が連絡とったのはさあ、安否を確認したかったということだけだったから!」

「結果は、良くない状態だったので、自分のやれる範囲で、声援を送ってやっただけなんだ!」

「だから、連絡したことが良い事だったのか?悪い事だったのか?は、よくわからないよ!」

「かえって、苦しめてしまったかもしれないだろう!」

「だからさあ、“札幌、秋田で、同級生だったのに、私は!”って、責めたりしないでくれよ!」

「過去のことは、過去のことさ!」

「でも、僕たちのグループが背負った事実は事実だから、人生の重荷として、一人一人が背負って行くしかないんだよ!」

「ファイト!ファイト!くよくよなんか、すんなよ!」

舜司は、うなだれている小桧山さんの肩を軽くたたいた。

・・・・・

「沖田!お前さぁ!駄目だよ!」

「臭いものの蓋を開けちゃ!」

「臭いものは、蓋をしたままにして置くんだよ!」

「自分はいいだろう!言いたいこと言って、さっぱり出来てさあ!」

「でも、それで、却って苦しむ人も居るんだぞ!」

「そこんとこを、わかってやんなきゃー駄目だろう!」

「ええー、何言ってんの!」

「俺は、何も言ってないじゃん!」

「小桧山さんが勝手にボヤいているから、俺は、なだめているだけだろう!」

「彼女の言ってる事は、事実だろう!消し去ることはできないんだよ!」

「それを承知で、俺たちは生きているんだろう!俺は、勇気づけてんだよ!」

「沖田は、何をぐちゃぐちゃ言ってんだ!」

「臭いものは、勝手に開けんじゃないよ!放って置くっていうことも大事なんだよ!」

「沖田は、良くないよ!自分のことを押し付けちゃ!」

「はあ、なにも押し付けたりしてないし、何言ってんだよ!」

「だめだな!こりゃ、酔っぱらい二人では!」

「わかった!わかったよ!」

「僕が悪かった!悪かったよ!」

「もう、彼女には、何も言わないから!」

「君らの言うとおりだよ!僕が悪かった!許してくれ!降参!降参!」

「わかればいいんだよ!わかれば」

「ねー芹沢さん!」

「そうだよ!沖田!」

「あんな昔のこと、いつまでも言うもんじゃないよ!」

「気味悪いことはな、蓋をしておくんだよ!」

「はい、そうだね!そうだね!」

「わかったから!わかったから!」

「もう、終わりにしよう!終わりにしよう!」

「今日は、みんなに会えてうれしいよ!ほんと!」

「今度は、秋田でするんだろ!」

「それまでは、お願いだから、死なないでくれよ!」

「なに言うか、お前こそ!」

「そうだよ!お互いに、くたばるなって!な!」

「ははははー!」

 

 

追伸

最近思うこと!  

知足安分!これってさ、臨終のときの悟りの境地なんじゃないのかな?

臨終の場に立ち会っていて、つくづく感じ入ってしまった。

「お父さん!もう頑張らなくていいよ!」

「十分、頑張ってきたもの!」

「満足いく人生だったでしょう!」

「私たちも満足しているから!」

「ゆっくり休んで頂戴!」

「お父さんとして、立派に尽くしてくれたわ!」

「お父さんありがとう!」

これって、知足安分で、心安らかに旅立っていくって言うことに繋がっているんじゃないの?