青雲譜67「青雲荘の仲間たち」X

「危険な夜」2


 

「あっ、ここでいいです!」

見慣れた千秋公園裏口、急勾配の坂。

舜司は、タクシーから降りると、大きなアパートの階段を、ゆっくり上っていった。

長い外付け廊下、確か西の端(はずれ)のはずだ!

「コツ、コツ!」「コツ、コツ!」

革靴の足音は、やたら大きな反響音として、館内に響き渡っていた。

医師というプライドが、一歩一歩に力を込めてしまっているのだろう。

ピシッとスーツ姿できめた舜司!

眉目秀麗、颯爽(さっそう)たる舜司!

“ああ、ダンディーの極みだ!”

 

『・・何で、そんなに自信満々なのって?・・』

『・・うん、そうだね!』

『・・卒後、2年経ったしね!』

『・・以前は、医学生だったけど、今度は、医師として会うんだからね!』

 

後日談になるが、映画を見ていて、デジャ・ビューのごとく感じられた場面があったよ!

「愛と青春の旅たち」

エンディングで、リチャード・ギアが、工場の中を闊歩して行く時のあの姿だよ!

士官候補生から、はれて士官になり任官式の後に、ピシッときめた正装姿で、遊び相手と言い続けていたポーラを迎えに行った時のあのラストシーンだよ!

「コツ、コツ、コツ!コツ、コツ、コツ!」ネ!

あっ、そう、そう、これ蛇足になるけど、香帆さんは、もちろんポーラではないからね!

あくまでも、青年外科医というプライドと正装姿のカッコよさに、自分自身が酔っていたって言う意味だからね!

 

「コン!コン!」

「すみません!香帆さん居ますか?」

「・・・・?・・・はぁーい!」

「・・・どなたですか?」

「僕です!学生の時、お邪魔した沖田です!」

「久しぶりです!」

「えっ?沖田さん?・・?・・?ええっ、どうしたんですか?」

「友達の結婚式で来たんですよ!でもさ、世話になろうとした奴が、居なくてさ!」

「香帆さんの所で、少し待たせてもらおうかな?って、勝手に来ちゃいました!」

「もう、知っている奴が、誰も居ないんだよね!」

「少し待たせてくれよ!お願い!」

「ええー?・・・・・・・じゃあ、ちょっとだけですよ!」

「サンキュウ!」

 

 

「今日は、何してたの?」

「脳外科の勉強!」

「明後日、初めての“器械出し”なの!」

「先生に迷惑かけちゃいけないでしょう!ねっ、“ドクター”!」

「やめてくれよ!参るな!」

「でも、いつも、勉強だね!香帆さんって!」

「前に来た時も、勉強!勉強!今日も、勉強!勉強!」

「すごいね!」

「邪魔しないから、気にしないでいいよ!」

「テレビ見て、寝てるから!」

「音、これくらいなら、大丈夫?」

「あっ、大丈夫ですよ!・・・ところで、誰の結婚式なんですか?」

「あっ、同級生の本田君って言ってさ、香帆さん知らないかな?」

「大学に残ってるんだよ!」

「第2内科、循環器科に入局した奴なんだけどね!」

「卒業しても時間がなくてさ!なんも連絡とってなかったんだ!」

「だから、相手がどんな人か?なれそめは?なんて、まったくわからないんだよ!」

「でも、あいつはいい奴だからさ!きっと、いい奥さん見つけたんだろうな!」

「ふーん!・・・ところで、沖田さんの方はどうなんですか?いい人は、できましたか?」

「あっ、俺?・・・まだ、まだ、忙しすぎてさ!」

「実はさ、俺、内科から外科に変更したんだよ!」

「消化器内科から、消化器外科にさ!」

「だから、てんてこ舞いだったって言うのが正解!」

「でもね、適当に遊んではいるよ!・・・俺、結構モテてるんだゾ!」

「あっ、信じてないな?」

「信じていますよ!信じてます!背は大きいし、なにせ、ドクターですもんね!」

「何それ?・・あんまり買ってないじゃん!まあ、いいけどさ!」

「あっ、ゴメン、ゴメン!・・つい、つい、勉強の邪魔をしちゃうね!」

「しばらく、俺、寝てるわ!少し疲れちゃったな!」

舜司は、香帆さんに気を使って、寝たふりをすることにした。

しかし、“ふり”じゃなくて、本当の所、“ぼーっと”なって、しばらくの間、実際にまどろんでしまっていたようなのである。

ふと、目を覚まし、テレビの画面に目をやると、見ていた番組は既に終わっており、時計の針は、夜の9時をとっくに回っていたのである。

「参ったな!まだ、芹沢さん来ないや!」

“ここに居るから、迎えに来て!”ッて、張り紙してきたんだけどな!」

「ごめんね!必ず来るはずだから、本当にごめんな!」

「わかりました!本当に来ないんですもの仕方ないでしょう!」

「あら、あら、もう9時ですよ!何か食べます?」

「そうだ!チャーハンでも作るね!」

「うーん?・・・本当に、本当に、申し訳ない!」

「とっくに、“迎え” 来てくれると思ったんだけどなー!」

「気楽に、挨拶!のつもりだったのに、迷惑かけちゃったね!」

「いいですよ!もうすぐ、来るでしょう!きっと!」

香帆さんは、ちょっと迷惑そうな顔をしながら、炊事場に立ってくれた。

 

「もう勉強の方は大丈夫なの?」

「ええ、“手術の流れ”わかったし、器材についても、だいたい把握できたので、大丈夫!」

「そうか、なら、良かった!」

「それにしても、芹沢さん!まだかな?」

「こんなに迷惑かけてしまうなんて、思わなかったんだよ!ほんと、ごめんね!」

「まあ、“呑みに行ってる”ってこともあるから、気楽に待ちましょう!」

「でも、明日、結婚式なんだよ!準備もあるんだから、もう来てもよさそうなんだけどな!」

「そうね!・・・あっ、メロンも食べる?マスク・メロン、もらいもんなんだけど!半分ずつ、やっちゃおうか?」

「チャーハン食べたのに、入るかな?」

「迎えが来るまで、時間かければ、OKでしょう!」

「そうだね!贅沢!贅沢!」

 

『お茶を飲み、深夜テレビ番組もあらまし見終わったぞ!』

『参ったな!まだかな?』

『香帆さんは、冷静を装っているが、困惑しているぞ!』

『とうに、12時は過ぎてる!』

『今から、旅館探す?』

「無理!無理!絶対無理!』

『泊めてくれって、頼むしかないシチェーションになってる!』

『炬燵でもいいから、泊めて!って、頼むしかないか?』

『でも、いい歳の男だよ!』

『香帆さんが、信用して泊めてくれるもんかな?』

『いいや、舜司!』

『お前こそが、問題だろう!耐えられるのか?抑えられるのか?それこそが問題だ!』

『ううう?参った!どうする?』

『ええい!成り行きだ!自然に任せるしかない!』

『香帆さんと寝ることになっても、それはそれでいいか?』

『ええい!これも運命!なるようになれだ!』

舜司は、腹をくくった。

香帆さんは何も言わずに、テレビに目をやっていた。

舜司も、黙ったまま、テレビに目を向けていた。

「来ないわね!芹沢さん!」

「うん!参ったなー!」

「来るはずなんだけど・・?」

「場所も、知ってるはずなんだけどなぁ・・!」

「じゃぁ、来るでしょう!それまで、待つしかないでしょう!」

「でも、もう、寝る時間だよね!本当にごめんね!」

「気楽に来て、こんなになっちゃって、本当にすまない!」

「でも、仕方ないでしょう!芹沢さんて言う人の、都合だってあるんだから!」

「それはそうだけど・・!香帆さんを困らせことになってしまい本当に申し訳ない!」

二人とも、ちょっと気まずい雰囲気になってきた。

香帆さんは、追い出すこともできず、泊めるしかないかな?と、決めかねている様子でもあった。

「テレビも見るのもないし、炬燵に潜って待ってるしかないわね!」

「深夜やってる店なんてないよな!モーニング喫茶って、何時頃、開くの?」

「えっ?早くたって、7時か8時でしょう!」

「そうか!」

舜司は、炬燵のテーブル板に目を落とし、しばし思案した。

『このままでは、どうしようもないな!』

「ふー!」と、息を吐いて、意を決した。

『絶対、何もしないって誓うから、今夜、炬燵掛けでいいから泊めてよ?』

そう口に出そうとした、その瞬間、

「トン!トン!」

「夜分すみません!芹沢と言います!」

「こちらに、沖田というものが、お世話になってると思うんですが?」

「遅くなってしまいましたが、迎えに来ました!」

 

『あーぅ!やっと来てくれた!』

『よかった!』

『よかった!』

『助かった!』

何故か知らねども、舜司は、心の底から

『来てくれて、有難う!有難う!』

感嘆の声を上げずにはいられなかった!

 

芹沢さんの部屋に戻り、暫し閑談!

床に就いたが、薄い敷布団に薄い毛布1枚!

香帆さんの所の炬燵掛けの方がよかったかも?と、ちょっと後悔した!

 

翌日、舜司は、芹沢さんと二人並んで、結婚式のホテルのエントランスへ。

入口のロビーでは、円柱を囲った腰かけ椅子に二人の女性が座っていた。

一人は、学生担任だった教育学部の水原先生の部屋に居た秘書のおばさん!

学生時代、結構出入りして、お世話になっていたからな・・・!

そして、もう一人は、坂西君の後輩の相沢塔子さん?であった。

何故(なぜ)、彼女が呼ばれるの?

坂西君の後輩だよ?

呼ばれるはずがないよな?

いや、いや、待てよ!・・・実際には、相沢塔子さんであったのかどうかさえ確証ないぞ!

女性の2,3年は、変化が大きいだ!別人だったかもしれないな?

まあ、いずれにせよ、そんなことは、どうでもいいことだ!

次の行動の方が、驚きだった!

その二人はさ、舜司たちが着くや否や、ソファーからスーッと立ち上がり、舜司たちをまじまじと見つめたのさ!

そして、次の言葉を発し奉(たてまつ)ったんだ!

「まあ!・・本当に、立派になって!」