青雲譜63「青雲荘の仲間達」R

「気になる人達」5-3

  

  

1977年ベイ・シティ・ローラーズ棚倉公演

内科研修医として3か月!

遅まきながら、白衣を着ているせいか?は、定かではないが、少しは医師らしい格好がついてきているのでは?と、うすうす感じ始めていた。

しかし、院内では、いつも山上先輩の後ろをくっついている“金魚の糞”の姿には変わりはなかった。

「おい、沖田!どうせ暇だろう!今夜の当直、付き合えよな!」

「すごいぞ!今夜は!」

「ええー?」

「きっと、救急車のオンパレードさ!」

「えッ、救急車の?・・なんで?」

「お前!疎いな!なんも知らんのか?」

「えッ!何々(なんなん)?

「今夜、何か、あるんですか?・・?」

「夕飯も食べたし、もう、8時になるかな?」

「ええ、もう少しで!」

「ようし、俺たちの方は、準備万端!そろそろだな!」

「さあ、頑張るとするか!」

「えっ!・・だから、何頑張るんですか?」

「いい加減、もう、教えてくださいよ!」

山上先生の“じらし”に、舜司が根を上げ不平を言うや否や、遠くで救急車のsirenの音!

「ピーポー!ピーポー!」

「さあ、行くぞ!沖田!」

「今日は、面白い患者がたくさん見られるぞ!」

「これも、勉強さ!」

「えっ?・・?」

白山総合病院は、正面玄関が東を向いており、救急外来は一番北側に位置していた。

この部屋は、外科外来としても利用されている。

3階の医局からエレベーターを使い、正面玄関に出てから左に曲がった。

突き当りが、救急外来である。

ドアを開けると、救急隊の隊員の方々が、担架に乗せた数人の若い女性の患者さんを、診察ベッドに次々と移していた。

「どうしました?」

「棚倉での公演中、失神したんです!」

「バイタルは、どうなの?」

「血圧、脈とも、特に問題ありません!」

「ただ、呼びかけても、反応が?」

「そう!」「分かりました!」

「沖田は、そっちの娘を、お願い!」

「僕は、こっちを診るから!」

「はい!」

ベッドの上で、14,5歳くらいの女の娘がぐったりしていた。

汗まみれのロングヘアーは顔にまとわりついていた。

タータンチェックのスカート、フワフワのカーデガン!

『どこぞの“お嬢さん”なのだろうか?』

 

「具合は、どう?」

「ここが何処だか、わかる?」

「名前?言える?」

「どこから来たの?」

「頭は、打ってない?」

「どこか、痛いところある?」

目を閉じたまま苦悶状の表情をみせているだけで、何の受け答えもなかった。

ほとんどが、地元ではない!

兵庫、名古屋、東京、埼玉、なんと、札幌、福岡の娘もいた。

「バイタルOK!家族に連絡して、とりあえず小児科病棟に入れて様子を見よう!」

「念のため、点滴1本してね!ゆっくり呼吸するように指導してよ!」

山上先輩が、看護婦さんに指示を出して、一旦、医局に戻ることにした。

「失神なの?」

「失神と言えばさ!もう10年位前になるかな?」

「グループサウンズの“ジ・オックス”の公演でさ、テレビで、バタバタ倒れてたよね!」

「失神バンド!って言われてたじゃない!」

「今度も、あれなの?・・・だけど、あれは、いったい何なんですか?」

「んっ?うーん!・・まあ、過呼吸だろうな!過換気だよ!」

「ゆっくり呼吸させて、落ち着かせれば大丈夫だよ!」

「ふーん!そうなんだ!でも、ほんとに、それだけなんですか?」

「ウウーン!精神の過度な緊張によるヒステリー発作かもね?」

「神経性ショックなら、本来、血圧下がってるだろう!」

「でも、一時的に下がって、病院にくるまでに、戻ってた!って言うのもありかもな?」

「まあ、バイタルが良かったから、いいんじゃない!」

と、言ってるや否や、またもや、「ピーポー、ピーポー!」

立て続けに救急車のオンパレードと相成り候!

合計で8人の失神患者の入院と相成ったのである。

異様なことに、全員が、同じような“出で立ち”であった。

帽子やマフラー、スカートなどが、みんなタータンチェック!

また、ハンカチや小物入れのバッグなども、みんなタータンチェック!

そして、身なりは、みんな“お嬢さん”ギャル風!

 

「お前さ、今夜、ベイ・シティ・ローラーズの公演が、棚倉であるって知らなかったの?」

「えっ、知らないですよ!」

「そもそも、棚倉のような田舎町に、何で、ベイ・シティ・ローラーズが来るんですか?」

「“ビートルズ”の再来って、言われてるんですよ!」

「コンサート会場がある訳じゃあるまいし、ましてや、東北のこんな片田舎に!」

「郡山でもないし、白河でもないんですよ!」

「それに、町民体育館ですって!会場が!そんなの、信じられませんよ!」

「そう!そこだよ!」

「棚倉はさあ!今、凄いんだよ!」

「近いうちに、ドでかいスポーツリゾート施設も、できるんだってさ!」

「ギリシャのスパルタとも、友好都市なんだよ!」

「へー?何で?そんなこと?」

「そんな力のある政治家や実業家がいるの?」

棚倉に、日本で一人しかいない女性首長誕生!って、ちょっと前、Newsになったろう!」

「へえー!知らないや!」

「地元の人間が知らないのかよ?」

「えっ、地元じゃないですよ!棚倉なんて、全然知らないんですから!」

「ふーん!まあ!とにかくも、凄い女傑!なんだそうだよ!」

「いつも、懐に100万くらい持っていて、女性版“田中角栄”ってとこかな!」

「へー、そうなんだ!棚倉には、凄い人が居るんだね・・!」

「あれー、もう、12時か!」

「もう来ないな!俺たちも、そろそろ休まないとな!」

翌日、朝一で、山上先生と、小児科病棟の回診!

2つの病室では、キャッキャ、キャッキャの大騒ぎ!

女の子たちは、ベッドに座り込んで、自分の持ち物を並べ立てていた。

いかに熱狂的なfan(ファン)であるかの自慢比べの真っ最中のようである!

「どうですか?具合は?」

「えっ、別に!」

「これは、なんのカードなの?」

「キャー!触らないで!」

「レスリーが、穢(けがれ)ちゃう!」

「もう、止めてー!イアンが可哀そう!」

「これは、何?」

「ダメー!ダメ!神聖なんだから!」

「勝手に見ないでー、汚れてしまうー!」

「ああー、もう、お仕舞だわ!見られてしまったわ!」

「もう、もう、・・・ダメだわ!・・・新しいものにしなくちゃ!」

「ええー?」

「いったい、これは、どうなってんの・・?」

夢の中に居るような雰囲気を漂わせ、座ったままで、まったく、目を合わせようともしないのである。

「子供のままなの?ヒラヒラのお人形さんのようなドレス着て・・?」

やがて、両親が迎えに来た。

父親は、恐縮そうに“身をこごまし”て、お礼を言った。

極々、普通のサラリーマン風の父親とその連れ添いであった!

『何だよ!金持ちのお嬢さんじゃないのかよ!』

『どうなってるんだよ?・・今の日本は?』

全員、帰りも、ピーチク、パーチク、騒いだまま、退院していった。

「何なの?これ?・・・・?」

 

こんな研修の1年間である!

何も身に付くこともなく、あっという間に過ぎ去って行ったのは、言うまでもない!