青雲譜51「青雲荘の仲間達」F

「“いわき”の星」

秋田大学医学部同窓会誌「本道」が届く。

この頃、開くのが恐怖になっている。

『何でって?』

『決まってるだろう!』

『“訃報欄”だよ!』

今回も、目を疑った。

    ・

    ・

『えッ、ウソ!・・嘘だろう!』

一瞬、舜司の息は、詰まった。

目の前に、暗幕がゆっくり垂れ下がってきた。

『ああ、・・なんてこった!』

『あの、昼田が!昼田が!・・くそ?くそ?・・?????』

訃報欄の一番下に・・・昼田 雅紀先生(令和3年6月21日)逝去・・・

『なんてこった!なんてこった!・・・』

 

コロナ禍でもあり、ここ5,6年は、会っていない。

そうか!郡山での県人会が最期だ!

「沖田先輩さー!このまま帰っちゃうんじゃ、味気ないんじゃない?」

「ちょっと、コーヒーでもしてこうよ!」

昼田に誘われて、初老の二人、小綺麗な喫茶店でコーヒータイム!

いつもように、ニタニタしながら人懐っこい顔つきで、舜司の前に座った。

今回は、珍しく、話下手の昼田の方から、ボソボソ身の上話をし始めたのである。

「レデイースクリニックの方はさ、お蔭様で順調でさ!毎日、毎日、精力的に動き回って

ますよ!」

「でもね、人生、何が起こるかわからないもんですね!」

「勿論、自慢じゃないが、僕も、いろいろあったからネ!ちょっとやそっとの事じゃめげないんですけどね!」

「今回は、本当の所、チョット参ってしまいましたね!」

「どうしたの?」

「誰にも言ってはいないんですけど、沖田先輩にはさ!なんか、言いたくなっちゃってさ・・!」

「実は・・・僕の連れ添い、寝たきりなんですよ!」

「えーっ!」

「だから、今回の集まり、遅れちゃったのか?」

「そうなんです!僕が看てるもんですから!今晩は、娘に頼んできたんですよ!」

「そうか!大変だな!」

「家内はさ!僕がどん底に落ち込んで参っている時、精一杯、支えてくれたんですよ!」

「めげるな!めげるな!あなたなら、やれるってね!」

「すごい頑張り屋だったんですよ!」

「楽天的で、バリバリ張り切ってましたからね、まさか倒れるなんて?夢にも思いませんでしたね!」

「んッ?・・何だったの?」

「クモ膜下ですよ!わからなかったな!何の症状もなかったしね!」

「そうか!・・・突然ではなー!」

「もう、てんてこ舞いでしたよ!でも、どうにかこうにか一命だけは、とりとめたんです!」

「でも、寝たきりになってしまってね!胃瘻もやっているんですよ!」

「えッ?・・・そんな状態なのに、家で看てるの?」

「そうですよ!まあ、結構なれるもんですよ!」

「世話になったしね!御恩返しですよ!御恩返し!」

「これくらいは、してやらないとね!・・・今までの事考えたら!」

「実際、まだ、まだ、足りないくらいですよ!」

「んーん!・・でも、大変だな!・・だって、診療もしてるんだろう!」

「勿論ですヨ!」

「でも、大丈夫ですよ!僕も、まだまだ元気ですし!」

「それに、家内もね、反応が少しずつ良くなってきてるんですよ!」

「先輩!今回のことで、僕の人生観ちょっと変わりましたよ!」

「毎日、その日の出来事を報告してるんですけどね!そうすると、一日が充実しているって

言うか?・・・・」

「そう!そう!・・・たわいない一日一日であってもね、それはそれとして、大切な一日な

んだって、実感できるんですよ!」

「ん!ん!・・・素晴らしいことだね!それこそが、“日々是好日”ということなんじゃない

のかな?」

「で、清拭したり、風呂にいれたり、下の世話も、みんな、お前がするの?」

「勿論、そうですよ!」

「えッ、それじゃなおさら大変だろう?」

「そんなことないですよ!・・要は、慣れですよ!慣れ!」

「今の僕には、感謝の気持ちしかないんですよ!人生の総決算なんです!」

「そうか!」

「俺には、なんと言葉をかけていいのやら、わからない!」

「でも、わかったこともある!」

「お前には、お前の大変さがあるんだって・・・!」

「俺には、俺の目の前に映る人生しか見ることはできない!」

「その中で、俺は俺で、精一杯に生きてきているつもりではいたけど!」

「お前も、お前という人生の中で、精一杯に生きてきているんだなって!」

「当たり前のことだけどなあ!」

“独立独歩”と言う言葉あるだろう!“人生、他人に頼らず、自分自身の力で歩んで行け!”という格言がさ!」

「それは、生き方として大切な教えなんだけどさ、そこには、もっと深い思い入れがあるよ

うな気がするんだよ!」

「なぜかと言うとネ!独立独歩の精神で頑張ってきた人であればあるほどネ、終局的には、

周りの人々への感謝っていう気持ちにさ、感じ入ってしまうものだってことさ!なんだ

か、反語的な意味合いがあるような気がしない?」

「勿論、独立独歩で頑張ってきたことのない人たちには、とうてい無理な境地だけどね!」

「くそー!世の中って、なんて質(たち)が悪いんだ!」

「くそー!周りの人達って、なんて自己中なんだ!」

「俺は、こんなに頑張ってるのに!」

「なんで俺の気持ちがわからないんだ!」

「神様はいないのか?」

「神様がいるのなら、こんなことはないだろう!」

「独立独歩で励んできた人であればあるほど、こんな言葉を吐きたくなるもんだよね!」

「でも、結果的には、僕たちがこうして今に居るってことは、周りの人々に助けてもらっ

てきたからなんだろうね?」

「そうだね!家内をはじめ、いろんな人の手助けがあったってことだろうね!感謝しかな

いね!」

「ほんとだね!遅ればせながら、周りの人々に、感謝!感謝!」

「沖田先輩!今日はありがとうございました!」

「なんか、心が少し軽くなった気がしますよ!」

「月日が結構経ちましたけど、お互い、これからも頑張りましょう!」

「そうだね!まだ、まだ、頑張るぞう!」

「昔、白河の飲み屋さんで気勢を上げたろう!“東北の星”になるぞうって!」

「“白河の星”いや、“棚倉の星”になるぞう!」

「“いわきの星”になるぞう!」

 

あ~あ、あの昼田が居なくなってしまったのか!

あ~あ、自分の影が薄くなっていく!

あ~あ、共有する思い出が、消えて行く!

浦島太郎の境地とは、こんな気持ちなのかな?

世の中って何なんだろう?

あいつは、本当に、“いわきの星”になってしまった!

SNS上には、「いわきの名医逝く!」って、表示されてたぞ・・・・・!