青雲譜50「青雲荘の仲間達」E

「舜司の変な念2」

中古車ショップ“キャロット”の前を、車で横切った。

『なんだ?あの目ん玉の大きなワインカラー車は?』

『泣いてるんじゃないのか!』

『可哀そうに!』

『お願い!買ってください!って、泣いてるよ!』

舜司には、ボロボロのビュート(光岡自動車のジャガーモデル:日産マーチのエンジン搭載)が、恨めしそうに、哀願しているように見えたのである。

『俺が、買ってやらねば!』

『救ってやらねば!車(人)助けだ!』

・・・・「安いですけど、修理、修復にかけたら、100万以上になってしまいますよ!」

・・・・「エンジンが、限界だし、もっても数年ですよ!いいんですか?」

・・・・「しゃーないでしょう!助けて!って、車が泣いているんだから!」

多分、舜司は、性能よりフォルムに左右される男のようだ!

フォルムが、舜司の心をくすぐっているのである!

VWのビートルもその傾向がある。

国産では、日産のフィガーロも入ってくるかな?

好きな色は?・・・勿論、“ロイヤルグリーン”でしょう!

まあ、舜司は、変な念波を感じる、変てこな性格の持ち主のようである!

 

 

秋田大学の教育学部から西の方向に、舜司たちが通っていた手形の“銭湯”がある。

そして、その銭湯に行く途中に、一軒の自転車屋さんがあった。

ある日の事、この店の軒下で、ホンダのカブ(原付バイク)が、シクシク泣いているに気付いてしまった!

サイドミラーもなく、マフラーは錆ついて穴が開いていた。

「お願い!」

「ここから連れてって!」

「このままでは、壊され、潰されちゃうわ!」

「おじさん!これ、ホンダのカブ?」

「昔は、よく見たけど!懐かしいなー」

「今時、珍しいよね!」

「もう、動かないんでしょう!」

「いーや、そんなことないよ!走ることは、走るよ!」

「へええ!でも、ボロボロだね!」

「そりゃー、そうさ!もう、“廃品もん”さ!」

「ええッ、捨てられちゃうの・・・?」

「・・・?・・何、言ってんだよ!・・直したって、そんなの、買う人いるかよ!」

「えーッ、可哀そうだな!・・・まだ、走るんでしょうー!・・・」

「なんなんだよ!・・お前さん!・・こんなの、欲しいんかよ?」

「・・ふーん!・・そんなら、あげるよ!」

キャップ頭のおじさんは、自転車を磨きながら、面倒くさそうに受け答えしていた。

耳元に見える白髪を考えると、50歳台中頃だろうか!

「えッ、・・ただで、くれるの?冗談でしょう?」

「いいよ!いいよ!持ってきな!」

「ただ、手続きや保証などは、面倒だからしてやらないよ!」

「エエッ?いいんですか?」

「でも、・・“ただ”は、まずいですよ!」

「じゃあ、2000円くらいで、譲ってくれませんか!」

「面倒な奴だな!わかった!わかった!2000円でやるよ!」

「でも、運んでやんないよ!自分で、引っ張ってきな!」

それからは、このカブが、青雲荘の軒下で、嬉しそうに駐車しているようになった。

「いつ使うのかって?」

勿論、スーパーでの買い物や三吉アパートなど、近間へのちょっとしたお出かけにさ!

しかし、何と言っても、一番の使い道としては、日曜日のトイレ通いがあった。

「おう、沖田!どこへ行くん?」

「うん!天気もいいし、いつもの“カブ”で、いつもの用足しだよ!」

「ハハハアー、カブで、快便、ってか!」

「ブルブルン!ドロドドド・・・・!」

軽いエンジン音をなびかせ、カブは、絶好調!

赤沼の畦(あぜ)道、次は、三吉神社の坂道、スイスイ!

すれ違う車もなし!

舜司は、長い髪を、風になびかせ、気分上々!

♪♪ 亜麻色の長い髪を、風がやさしくつつむ

    乙女は、胸に白い花束を・・・・・・♪♪

目指すは、教育学部のトイレ!

早く行って、スッキリ!しなくっちゃ!

それが済んだら、初めて、今日一日のスタートになるんだから!

三吉神社を過ぎても、クネクネと細い道は続いている。

坂を下りると、左からの細い道とY字合流!

ここからは、道幅が広くなっており、真っすぐ延びて、踏切を越すと千秋公園(久保田城)の搦手門へと連なっている。

『もう直ぐだ!』

『今日もいい日だナ!』

「ブロロロー・・・」

『教育学部の1号館!さあ、右手に南正門が!』

『あれー?まじかよ?』

『警察官が二人、こっちに歩いてきてるぞ!』

『巡回?』

『止められたら、どうする?』

『ヘルメットは、被ってない!・・違反!』

『サイドミラーない!整備不良!・・違反!』

『バイク(カブ)にも、車検ってあるのかな?・・違反!』

『ましてや、このナンバープレート、違ってたら?・・アウト!』

『参ったなー!』

『ええい!普通に、堂々としてれば、安パイだろう!』

『スーッと、門をくぐってしまえばOKだ!』

『急に、Uターンしたら、返って不自然さ!』

開き直って、そのまま直進する事にした。

『さあ、どうなる?』

 

後でわかったことだが、舜司がとる自然体というのは、どうも不自然に映っているそうである!

本人のみが知らないだけで、全くの挙動不審そのものだそうだ!

また、今になってみれば、呆れた学生と言わざるを得ないが、バイク購入時には、諸手続きがあるとのこと。

車検はないが、役所で簡単な購入手続きをし、ナンバー申請を、するらしい。

『そう言えば、自転車屋のおっさんが、手続きがどうとか言っていたなー?』

『あーあ、参ったなー!このナンバープレート、教育学部の1号館の駐輪場で拾ってきたものだしなあ!』

『黄色いナンバーならいいだろう!って、安直に考えてたな!』

『学生なら、結構バカなことをやっても、許してもらえるんじゃないのかなー?』

『むしろ、バカやんなきゃ、学生らしくもないんじゃん?』

『映画やテレビでは、いつも、そういう設定だったよなー!』

『止められて、職務質問されたらどうしよう?』

『お願いだ!呼び止めないでくれ!』

『お願い!見逃して!ウンチしに来ただけなんだから!』

『こんなところで、検挙されたら、おかしいだろう!いい学生なんだからさ!』

 

結果は?

「ピピピー!」

「どこへ行くのかな?」

「大学の校舎です!」

「このバイクは、君の?」

「方向指示器点くのかな?」

「サイドミラー壊れてるようだね?」

「所有者証明書は?」

「はあー?何ですかそれ?もらったものなんで、よくわかりません!」

「じゃ、ちょっと、派出所まできてもらおうか!」

残念!

トボトボ、お巡りさんの後を、カブを引いて行った。

 

派出所は、自転車屋さんの2,3軒隣にあった。

年配のお巡りさんが、机に座り、質問しながら記録書を作成していた。

「名前と生年月日?」

「住所は?」

「あっ、車の免許証見せてもらえるかな?」

「何年生?」

「ふーん!後は?と!ナンバーは何だっけ?」

「えーと?ちょっと、見てきてくれる!」

若い警察官に声かけて、二人で、何やら話し込んでいた。

『参ったな!万事休すだ!』

『ナンバープレートがカブに合うやつでなかったら、終わりだな!』

舜司は、観念して、身をこごましていた。

 

「よおーしと!」

「じゃあ、君は、もう帰っていいよ!後で、連絡書、届くと思うから!」

「・・・アッ、そうだ!そうだ!サイドミラーや方向指示器、ちゃんと直しておくようにネ!」

「わかった?」

「はい!わかりました!」

舜司は、落胆した。

『いい日、旅立?・・・最悪の日じゃないか!』

『ウンチしに来ただけなのに、くそー!』

『こんなに不運で、切ない日はないよ!』

『ウンチで、これかよ?』

阿保らしくて、馬鹿馬鹿しくて、極まりない話じゃないか!

 

この後どうなったって?

毎日、毎日、督促状が来るのでは?と、心配の連続だったよ!

でも、何日経っても、何の連絡もなかった。

一ヶ月後も、半年後も、1年後も、2年後も、まったく連絡はなかった!

白河の実家にも、問い合わせてみたが、何もなかった。

『良かった!許してもらえたんだ!』

『きっと、あの年配のお巡りさんが、配慮して、無検挙扱いにしてくれたんだ!』

『これからがある学生さんだ!今回は、これを薬にしてもらえればいいかなって!』

舜司は、今もって、不思議に思い続けている。

カブは、排気量からすると、50~100ccあって、ナンバープレートも、黄色か白か?よくわからないところがある!

きっと、カブごときで違反じゃ、“かわいそう”と、温情をかけてくれたんだろう?

『たまたま、いい警察官に出会えたんだ!きっと!』と、思うことにした。

しかし、思い直してみると、舜司の読みというものは、悪い方へ、悪い方へと流れていたように思う。

警察官に、呼び止められるように、呼び止められるようにと、動いていたってね!

負のオーラだな!参るなー!

 

あのカブは?と言えば、青雲荘の皆と話し合った結果、あの自転車屋さんの軒下に、そっと返して置くことがベストだろうという結論に至った。

カブとの付き合いで、いったい何を学び得たのか?

気持ちだけでは、世の中は渡れない!

貧乏では、世の中は渡れない!

気持ちに、さらに+するものが必要なのだ!

そのためには、一生懸命勉強し、立身出世するしかないってこと!

 

まあ、今の時代であったなら、スマホやパソコンで、購入時の手続方法や書式が、簡単に入手できるので、あんな悲惨な結果には、成らなかったはずである。

しかし、45年も前の時代だ!

当時としては、情報が少な過ぎて、犯罪と紙一重の所であっても、平気で行動しまくっていたのだ。

だから、当の本人たちにとっては、気楽な生き方だったよ!と言えるのかもしれないな!

今思えば、世の中に甘え、自分にも甘え、大学時代をenjoyしきっていたように思える。

『カブ!ごめんな!』

『助けるなんて、甘いこと言って!』

『でもさあ!もう、心が、いっぱい、いっぱいで!』