青雲譜43「注文の多い学生アパート」Z

「新たな旅たち」B

中学3年時の放課後、2階の教室から出て階段を降りようとした時、不思議なことに、無性に踊り場まで高くジャンプしてみたい衝動に駆り立てられてしまったのだ。

中間に、180度方向を変える踊り場があった。

舜司は、自分の身長が伸びていることに気が付かなかった。

170cm程度と思っていたが、180cm以上は優に越していたのである。

勢いよくジャンプした途端、“ガーン”と顎が突き出る程の衝撃を頭頂部に覚えた。

踊り場上部の鴨居に、頭を思いっきり激突させていたのだ。

2~30分動けなかった。しばし、気を失っていたらしい?

この後からは、頭の中では、いつも靄(もや)がかかっており、ジージー蝉が鳴いていた。

今までは、朝起きると、気分はスッキリさわやかであったのに、今は、どんより鈍重感いっぱいの朝なのである。

舜司には、自分の変化がわかっていた。

頭の中の回路が、火花を発してショートしてしまったのだ!

シナプスが壊れ、神経回路が、うまく回転しなくなってしまっている!

明らかに、解析力が鈍った。頭の回転が遅くなったのだ。

これは、致命的だった。

授業などは、頭がゆっくり回転しても、理解できればいい。時間的制限はないのだ。

しかし、テストは違う!

問題を解くのに、時間的制約が伴う!

頭をフル回転させねばならない!

機転をきかし、記憶をさぐり、あらゆる機能を駆使して、短時間のうちに、答えを導かなくてはならない!

なのに、回転が鈍いのだ!

霧の中から、ぼんやり答えが出てくるような、“もどかしさ”を感じていた。

でも、成績においては、大きな変化は生じなかった。

それ故、舜司自身、「だんだん回復してくるはずだ!」と、高を括(くく)っていたし、また、そう思うことにより、不安を消去したいとも願っていたのである。

 

こんな舜司に、高校に入学したばかりの一学期に、プライドを粉々にしてしまうような事件が起こってしまった!

いつもの通り、鞄に教科書いっぱいつめ込んで、教室に入った。

「今日は、朝から模擬試験だよ。授業はないよ!わざわざ、教科書、持ってきたんだ!」

舜司は、『???』びっくりした。

『先生は、何も言わなかったじゃないか!』

今まで、掲示板など見たことがない。

確かに掲示板には、“模擬テスト”と書いてあった。

授業はみんな一応理解できていたし、教科書の問題もスラスラ解けていた。

舜司は、高校になっても、自他ともに認める優等生のはずだった!

中学の時に、西白河郡内模試で1,2番の成績を修めていたので、舜司の名前は有名だったらしく、大松君などは、「友達になってほしい!」と、挨拶にも来ていたのだ。

定刻通り、模擬試験が始まった。

1校時目。数学 設問は4問であった。

一題目、わからない!

二題目、わからない!

三題目、さっぱりわからない!

四題目、設問自体が、さっぱりわからないのだ!

ボロボロ、涙がテスト用紙に落ちた。

『0点だ!』

『こんなことがあっていいものか?』

『一度も味わったことのない屈辱だ!』

『呼吸ができない!苦しい!』

その後は、どうでもよかった!

英語も国語も、問題を読む気力さえなかった!

『みんな、0点のはずだ!』

目の前が、真っ暗になった!夢遊病者のように、総て“うわの空”であった!

授業は、午前中で終わり。

帰りは、フラフラ!どうにか白河駅までたどり着いたが、昼過ぎでは、夕方まで下りの列車はない。

駅に、ジーッと、待って居られなかった!

歩いた!

歩いた!

線路沿いに、久田野まで4キロの道のりを!

田んぼのあぜ道をよろめきながら、ひたすら歩いた!

青い空!

白い雲!

ポカポカ陽気!

青白きインテリ学生は、泣きぬれている。

舜司には、自分の姿が、映画のワンシーンのように見えていた。

とてもきれいなシーンだ!

舜司は、酔った!

敗北感に被い尽くされたヒロイン(男でも、この言葉がいい)になりきっていた。

「風よ、吹け!もっと吹け!」

「俺を打ち据えろ!俺を叩きのめせ!」

牧草の道端に寝転んだ。

目を閉じた。

遠くに列車の音がする。

遠くに耕運機の音がする。

ポカポカと暖かい日差し、頬をくすぐる。

気持ちがいい!

しばし、まどろんだ!

すると、舜司の心の奥底で、ポヤポヤとした炎がくすぶり始めた。

「舜司よ!立ち上がるんだ!」

「さあ、よろめきながらも家に帰るんだ!」

「お前は、ヒーローなんだ!」

「今こそ、谷底から、ゆっくり、ゆっくり這い上がって行くんだ!」

「立ち上がるんだ!“ジョー”!」

「明日のジョーだ!死んだ目のままでいい!両手をダラーンとしたままでいい!」

「立ち上がるんだ!」

昭和の、日本の、東北の、福島の、白河の、久田野の、大和田の、“沖田 舜さん”ちの神童が!・・・

普通の凡人に成り下がった記念すべき日が、この1日なんだ!

 

この後からは、舜司は、“劣等生”と言うレッテルを心に貼なければならなくなった。

高校では、特に、数学と英語は、予習が必要である。

しかし、頭の回転不足が災いしてるのか、予習だけで、時間をいっぱい使ってしまっていた。

授業は、みんなわかっている!

中間テストも期末テストも、全科目、高得点を取っていた!

通信簿は、トップの成績であった!

だけど、模擬テスト(実力テスト)になると、からっきしなのである!

『どうして、だめなんだ?』

『どうすればいいんだ?』

『問題を見ても、頭が働かない!』

『機転がきかないんだ!何も浮かばない!』

映画や物語では、先輩や、伯父や、博学の先生が、適切なアドバイスをしてくれてるじゃないか!

必ず、誰かしら、ずーっと陰で見守ってくれてる人が居るじゃないか!

だが、現実には、誰一人、適切な助言をしてくれる人は、いなかった!

まったくの皆無であったのだ!

 

舜司は、毎日、帰りに、本屋さんに立ち寄った。

テストに出てたような問題が、載ってる参考書を必死に探した。

初めて、“参考書は、使っていいものなのだ”と知ったのだ!

受験雑誌の存在も、初めて知った!

教科書以外に、自分で勉強しなければならないテキストが、この世に存在していたことに、初めて気が付いたのである。

そう!何もかも、自分一人で切り開いていかないとダメだってことを、学んだのだ!

しかし、自分には、”お金”がない!

参考書を買うには、絶対これだといえる一冊に絞らなくては!

舜司は、勝手に、自分の家が“貧乏だ”と定義つけしていたのである。

しかし、嬉しいことに、父親も兄も勉強には寛大であった。

参考書も買ってくれた!

ラジオ受験講座を聴くのに、短波放送のはいる携帯ラジオも買ったくれた!

そして、高1の冬には、東京の予備校の冬期講習会にも行かせてくれたのだ!

貧乏にもレベルがある。

金持ちじゃないけど、“ワンランク上の貧乏“なんだ!

舜司が、この家に生まれたことは幸いだった!

舜司が、受験雑誌を見て、“東京学院”と言う予備校を選んだことも、また、幸いだった!

東京学院は、二流の予備校みたいで、受講生は30数名しかいなかった。

しかし、これらのことは、すべて、舜司にとっては、好都合だったのだ。

特に数学の講義は、目からうろこが幾枚も、幾枚も落ちるものだった。

咽喉(のど)から手が出るほどほしかった解き方のコツがわかったからだ!

頭の回転不足があっても、いいテキストを使い、解き方のコツを習得さえすれば、十分戦えるんだ!

大学受験には、授業onlyでなく、東京を見ていなくては駄目だ!

2年の最初の実力テストでは、トップの成績を取ることが出来た。

『世の中、捨てたもんじゃないなあ!』

久々の嬉しさだった!

でも、この気分は、長続きするものではなかった。

これ以後、実力テストで、好成績を上げることは、二度となかったのである!

気分的に、ちょっと”傲慢”すぎるきらいがあった。

『一流の駿台予備校にけば、実力は、さらにJump Upするんじゃないか!』って・・?

一生懸命にやってはいたのだが、伸びているのか?いないのか?さっぱり実感がわかなかった。

結果から見れば、“秋田大学医学部の学生”である!・・・

 

舜司は、今回、幼少の頃からの自分というものを、冷静に振り返ってみたのである。

『頭の回転は、元には戻らなかったようだ!』

『秋田も、たまたま、見たことあるような問題に恵まれただけだったのかもしれない!』

『分相応!秋田こそ自分の目指していたところなのだろう!』

 

知足案分!

これからは、自分のレベルにあわせた”ちょっと緩いくらいの精一杯さ”で、やっていこう!

今までの仲間たちと一緒に、気張らず、その場その場、最善を尽くしていけばいいはずだ!

Do all I can!Do my best!

 

「俺は、最低限、医師にならなくては!」

「そして、親を長生きさせてやらなくちゃ!」

「再出発の時だ!」