青雲譜41「注文の多い学生アパート」X

「十和田湖探訪」

小春日よりのいい天気!

“紅葉はさぞ美しかろう”と思わせぶりいっぱいの山あいを、日産サニーは走る。

山際のカーブを超すと、キラキラと細かな鱗のような波紋に揺らいでいる湖畔が現れた。

深そうな湖である。

そう、誰でも知ってるあの“十和田湖”である!

この湖は、秋田と青森の県境に位置している。

秋田に在籍しているのなら、一度は訪れるべき必訪の地、絶景スポットにもなっている。

しかし、21、2歳の若者である。

「綺麗ですネ!」としか言えないのが情けない!

田沢湖、猪苗代湖、中禅寺湖、りんどう湖・・・・

「あっ、はい!はい!湖ネ!・・ほんとですね!」

舜司にとっては、どこでも同じなのである。

湖の形も違えば、周りの風景も違っている。

水質だって違っていると言うのに!

ドローンからの映像なら、よくわかるのかもしれないが、車から降りて、間近で見る湖畔では、どこでも、似たり寄ったりの景色に見えてしまうのだ!

ピチャ、ピチャ、ジャブ、ジャブ、ザザー、ザザー!

湖愁!

あーあ!・・一人、物思いに耽り、湖畔に佇む若者なんて、残念ながらいるはずもない!

 

今回は、大平君の従妹が秋田を訪ねてきてくれているのだ。

北海道旅行の際、特に、舜司が急性アル中になった時、大変お世話になったあの彼女である。

一泊二日の旅を、十和田湖にとった。

いつものように、本田君の運転で、芹沢さんと舜司、大平君と従妹。

北海道旅行の時のお返しをしなくては!

この時は、藤川君は、入っていなかった。

十和田湖は、秋田のイメージが強いが、ホテルなどが建っている湖岸は、すべて青森よりに集中しているので、青森の十和田湖と言った方が正しい。

しかし、“秋田”と“十和田湖”という組み合わせは、字面の感じで、ピッタリの相性を感じる。

響きも良く、郷愁まで感じられるので、このイメージは、永遠に払拭(ふっしょく)されないな!と、舜司は、勝手に納得していた。

この湖岸から、湖を縦断して、一行は、“奥入瀬(おいらせ)”に向った。

遊覧船「休屋~子ノ口コース」に乗ったのだ。

船から見える切り立った断崖と湖面の対比、そして、その上に生い茂る木々の濃密さ!

カルデラ湖ならではの造形美が、舜司の目の前をおおった。

当然のこと、紅葉時の美しさを連想させずにはおれない絶景ぶりである!

ふと、デッキに目をやると、まばらな乗客の中に、しきりに髪をかきあげている二人連れの女の娘がいた。

容姿は?と言えば、ハッキリ言って、美人とは言えず、むしろ、少し残念気味のOLの二人であった。

舜司たち三人は、軽いノリで、話しかけた。

「ねえ、ねえ、可愛いお二人さん!」

「どっから来たの?東京?」

「えっ、私たちですか!」

「そうでしょう!・・ほかに誰が居るんですかね?」

「あら、やだー!」

「練馬!・・練馬から来たんですよ!」

「へえー、やっぱりー!」

「ええっ!やっぱりって、なんですか?」

「なんでって?」

「だってなあ!」

「後ろから見てたら、なあ!」

「ええっ!ひどーい!」

「冗談だよ!冗談!冗談!・・綺麗な“御み足”だなって!」

「嘘ばっかり、ねえ!」

「でも、今頃、旅行なんて、珍しいね!紅葉も終わってるし、もう雪だよ!」

「だって、今しか、休みとれなかったしね!」

「そう、もう、行くって決めてたもんね!」

「そうか!そうだよね!やっぱり、たまには、羽目外したいもんね!」

「ところで、今夜は、何処に泊まるの?」

「えーと?・・あっ、十和田湖ホテルですよ!」

「ええっ!じゃ、同じじゃん!」

「それじゃ、今夜、部屋に遊びに行くからね!待っててね!」

「ええ、うそでしょう!やだー!」

 

大平君の従妹の秋田訪問は、単なる思い出つくりの旅行なのか?あるいは、思いを断ち切るための旅行であったのか?まったくもって不明であった。

なのに、舜司たちは、勝手な妄想を描いて、三人、ひざを交えて相談してから、この旅行に臨んできたのである。

芹沢さんが、こう、のたもうた!

「俺が、思うには、きっと、結婚話が出ているんだと思うな!」

「女性には、結婚の潮時を決めねばならない時があるんだ!」

「今、話に出てる相手でいいんじゃないか?いや、いや、これから、まだ、まだ、白馬に乗った王子様が、現れて来るんではないのか?」

「どうする?って、“見切り”に迫られる時があるんだよ!」

「そこでだ!」

「この間、出会った医学生の人達に、もう1回会って、自分がどのように映っているのかを確かめてみようって、思ったんじゃないのかな!」

「なるほど!僕たちを観察して、自分の心の迷いを払拭したいんだ!」

「介抱してもらった沖田なんかは、よーく観察されるんじゃないかと思うよ!」

「えッ、本当かよ?」

「当たり前だろう!あんなにヘロヘロに、なっちゃうんだもんな!」

「それは、そうだな!」

芹沢さんと本田君は、妙に、余裕こいて、うなずきあっていた。

「なあ、明日は、馬鹿をやって、呆れ果ててもらおうか!」

「医学生なんて言っても、やっぱり“チャラ”くて、いい加減な人達なんだなって!」

「そうだね!男なんて、みんな、似たり寄ったりで、差なんてないよ!ってネ!」

 

夕食を、皆で、楽しんでいると、芹沢さんが、とぼけたような顔をして、

「さあ、食事も、おいしくいただきました!」

「後は、大平君は、親戚の人の接待を!」

「僕たちは、昼間会った女の娘たちの、実態調査に行ってきまーす!」

「さあ、沖田!本田!お部屋訪問だぞ!出発!」

「ええ、本当に?」

「当たり前じゃん!約束したろう!」

「さあ、さあ、出撃!」

大平君と従妹の娘は、あきれ顔をして、舜司たちを見渡した!

『なんていう人たちなのかしら?・・・』

『船で会ったような女の娘たちに、・・・・?』

『誰でも構わず、声をかけるんだ・・・?』

 

芹沢さんは、頼もしい!

「こんばんは!お部屋のアンケートを、取りにまいりました!」

「はーい!」

「ええええっ!」

「本当に来たんですか!」

「約束したでしょう!」

「こらー、襲っちゃうぞう!」

3人、一気に部屋の中に、なだれ込んだ。

もう後は、缶ビールを飲んで、馬鹿話をして、大騒ぎ!

浴衣(ゆかた)着も、はだけてしまう程の“はしゃぎぶり”であった。

しかし、布団の中に潜り込んだりしての悪ふざけまで及ぶと、本気で嫌がり始めた。

さすがに、長居はできない!

『そろそろ引き上げよう!』と、目配せをかわした!

「はい、はい!お姫様たちは、もう、お眠の時間ですかー?」

「それでは、執事たちは、“おいとま”することにしまーす!」

「今夜は、ありがとう!」

「十分、十和田湖楽しんで行ってね!バイバイ!」

「おやすみ!」

三人とも、酔いは、すっかり冷めていた!

 

翌日の、帰りの車の中でも、舜司たちは、相変わらず、賑やかにはしゃぎまわっていた。

しかし、従妹さんの3人を見る目は、“さげすむ様な目”であったということは、言うまでもない。

笑顔ではあったが、目は笑っていなかったのだ!

舜司は、“人に嫌われる”って言うことは、“嫌なものだなー”と、しみじみ感じ入った。