青雲譜31「注文の多い学生アパート」M

「今を生きるとは?」

本棚から、久しぶりに、大学の卒業アルバムを取り出し、一枚、一枚じっくり見直してみた。

あら不思議!

懐かしき友が、ここかしこから、舜司に笑いかけてくるではないか!

「ああ、わが友よ・・!」

 

数日前のこと、袋とじのまま、棚に積んでしまっていた1年前の同窓会誌「本道」を開いてみたのだ。

まさか、そこで、長髪カールの友、村山君の訃報を知る羽目になるとは!

本田君の追悼の文も拝読させていただいた。

悲しきかな、村山君!切なるかな、村山君!

今となっては、はるか昔こと!

彼は、郡山医師会主催の【産婦人科領域におけるDIC】と言う勉強会に、講師として招かれていた。

舜司は、同級生として、一人でも多い方が盛り上るだろうと思い、急ぎ、駆け付けた。

「やあ、沖田君!専門分野が全然違うのに、わざわざ、来てくれたんだ!ありがとう!」

「何を言ってるの!大先生が、郡山にわざわざ来て下さるって言うのに、当たり前だろう!」

「卒業以来だね!もう、10年以上経つかな?」

「でも、村山君は、立派だよ!大学に残って、今も研究を続けているんだ!」

「今日は、福島の方にまで、わざわざ講演に来てくれて有難う!」

「僕なんて、外来と手術の毎日で、てんてこ舞いさ!・・何て言うのは“空威張り”で、借金返済に追われる毎日!ほんとに気が滅入るよ!」

「でもさあ!沖田君は、消化器外科医として、自分のやりたい医療をやるんだって病院を建てたんだろう?」

「やりがいのあることがやれてるっていうのは、素晴らしいことだよ!」

「羨ましいことだぜ!沖田君!・・・・」

「実はね、僕さあ!・・近々、自分の専門分野を変えようと思ってんだよ!」

「えっ?専門分野を変えるって?・・今更?」

「そう、今更!」

「産婦人科医をやめてさ、消化器内科医になろうと思ってるんだよ!」

「今度、会う時があったらさ、俺、内科医だから!」

「将来のこと見据えたらさ、自分がやりたいのは、これじゃないって!今なら、まだ、間に合うって!由利本庄って、知ってるだろう!あそこの先生にお願いすることにしたんだよ!」

「ふーん!医局でも、いろいろあるからな!仙台でも、白河でも、僕もいろいろあったから、わからない訳じゃあないけど!」

「でも、そうか!村山君!・・・何でもさ、一生懸命、真剣に取り組めば、何とかなるよ!“ケセラセラ”だよ!“ケセラセラ”!頑張ろう!」

あーあ、それなのに、何と言う突然の訃報だ!

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光陰矢の如し!

胸が痛んだ!

 

舜司は、自分の“歳”を改めて意識せざるを得なかった。

コロナ禍でなかったなら、本来、来年、中学時代の同級生による“古希の祝い”をするはずだったのだ。

『70歳!・・古(いにしえ)より、この歳まで生きることは稀(まれ)なり!』

『ああ!もう、古希なのか!・・・』

 

なのに、どうしたことか?

今日また、今度は、今年の「本道」が届いたのだ。

ペラペラめくってみた。

『うーん!眞木先生!ご逝去!DICについて、熱弁をふるわれていた白衣姿の先生が思い出される。有難うございました!ご苦労様でした!』

『あれれ・・・?』

『これは、何だ?』

『嘘だろう!全く持って、何と言うことだ!!』

『同級会の皆勤賞もんは、俺だろう!』って、豪語していたあの安東君が・・・?

訃報欄の一番下に!68歳!

やっぱり、安東だ!

舜司は、目頭が熱くなった。

 

『僕は、最近の5年間、同級会にはまったく出席していない!』

45年前、三吉アパートや青雲荘で、共に生活した仲間達ヨ!

俺の兄弟や、俺の幼友達であった仲間達ヨ!

その仲間であった秋原君などは、同級会に出席したこともない。

兄弟同然の芹沢さんや坂西君においても、残念かな!舜司は、単なる1同級生としてしか、見てもらえぬ存在になり果ててしまっていた。

切なさを味わいたくなくて、出席せずにいたのだが、その間に、二度と顔を合わせることが出来ない存在に、安東君はなってしまっていたのだ!

“まろあじ”の定食屋で、「おう!」「やあ!」と、笑顔で顔を合わせていた安東君!

麻雀で奇声を発して、霜山君達とはしゃいでいた安東君!

妙にTシャツ型の肌着姿が似合っていた安東君!

班が違うので、取分け深い付き合いをしていた訳ではないが、もう二度とあの安東君には会う事が出来ないのだ!もう絶対に!

 

卒業アルバムの中の、皆の笑顔が、妙に輝いている!

妙にセンチメンタルになるではないか!

兄弟よ!幼友達よ!仲間達よ!同級生たちよ!

 

舜司の1歳年下に幼馴染の、川上民治という人間がいた。

舜司は、幼い頃、いつも民治を連れては、野イチゴや桑の実を口いっぱいに頬張り、自由奔放に野山を駆け回っていた。

久田野駅構内の保線区広場では、チャンバラ遊びや秘密基地づくりに没頭していた。

近くの川や沼には、水泳をするために、自転車をこぎまくり、スピードを競いあっていた。

ヒグラシの声が耳に入れば、その哀しい声に、夏の終わりを感じ入り、口を閉ざして一緒に黙りこくっていた。

漫画本を見ては、共に主人公になりきり、空想の世界を飛び回っていた。

幼き頃は、無二の親友だったのである。

舜司が医学部に合格した時、フランスベットに勤めていた民治は、いち早く駆け付け、桃の木の下で、心から「おめでとう!」「小さい頃からの夢が、叶ってよかったね!」と言って、祝ってくれた。

心から祝福してくれた友は、彼、ただ一人である!

そんな彼なのに、30年以上の時が経ったら、まったくの別人になってしまっていた。

何が、どうして、こうなったのか?

目の前には、分別のつかない、屁理屈ばかりを、へらへらまくしたてる軽薄な浮浪者姿の民治がいたのである。

それでも、舜司は、幼馴染として、住宅と生活費の援助、移動手段としての軽トラックの提供をしてやろう!と決めた。

15年近く、援助をし続けた。

滞っていた年金や地方税を支払ってやり、ガス、電気代、水道代を立て替えてやった。

また、年金がもらえるよう、舜司の施設の夜警という仕事をつくってやった。

実際には、食事と寝に来てるだけという単純な仕事内容であったのだが!

しかし、約束事は破り、責任感はなく、いい加減な仕事ぶりばかりで、まったく恩義を感ずるような人間ではなかった。

何一つまっとうなことはできないのに、嘘をつくことだけには長(た)けていた。

こんな民治だが、定年退職後、実家で暮らすことを希望した。

実家は、倒壊寸前のぼろ屋である。

それでも、一間(ひとま)だけ、生活できそうな部屋があったので、脇にトイレ付きのユニットバスを配置して、システムキッチンの台所を造り、エアコンまでつけてやった。

しかし、入ってくる年金は、すぐに使い果たしてしまい、連日、酒におぼれていたという。そして、とうとう、最期には、ゴミ屋敷のゴミの中に埋もれて、帰らぬ人になってしまっていたと言うのである。

舜司は、世の中には、本当に“馬鹿な人”っているんだな!と観念せざるを得なかった。

 

村山君、安東君!

君たちにとっては、どんな人生だったのだろう?

『あれ、俺は、今までの人生で、何を悟れたって言うんだよ?』

『俺は、あっちの世界に行くには、まだ、早すぎるよ!間違いじゃないのか?』

そんな思いのまま死んで逝ってしまったのかな?

人は、何のために生まれて来るんだろう?

人は、何も分からずに死んで逝くんだろうか?

二人を思うと、舜司は、切なさを通り越して、憤りに近い悔しさでいっぱいになってしまう。

 

『民治よ!』

『眠いから寝て、腹が空いたから食べて、暇だから、酒を呑む。』

『自由人!仙人!』

『違うよ!絶対に違う!』

それは、次元が違い過ぎる。

犬や猫と同じにしか思えないよ!

動物になってしまっていたんだろうな!

 

『人間の価値って、誰が判断するんだろう?』・・・・『他人の判断などは、どうでもいいんだけどなあ!』

『その人、本人は、自分の価値をどう思っていたんだろう?』・・・・本人しか知らないことだから、知る由もないしなあ!』

でも、舜司にとって、一つだけ言えることがある。

『民治!子供の頃、付き合ってくれて有難う!君が居なかったら、今の僕は居ない!』

『村山君、安東君、有難う!友人には、大なり小なりの違いがあっても、僕と言う人間の映画の中では、大学時代に、はっきり出演してるから!僕の世界の中では、皆が大切な友達であり、君達も、勿論、大切な友達だったんだ!本当に切ないんだよ!』

 

現在、舜司は、「医療介護ランド」として、クリニックと介護施設を、共に運営している。

この中で、病院時代にも、薄々感じてはいたのであるが、最近、とみに強く意識するようになったことがある。

人間は、大抵の場合、死ぬ間際まで、自分が死ぬなんて思ってもいないんじゃないのかってこと!

口では、死について、悟りきっているような言い方を、万人は言う!

でも、実際には、誰一人分かってなんかいないんじゃないかな!

 

突然、死はやって来る。

本人の自覚なんて関係なく!

今の今まで、笑顔でご飯を食べて、「元気だよ!」って、微笑み返しをしていた人が、数時間後に死んでいるんだよ!

死を自覚していたなんて思えない!

やっぱり、突然、死はやって来るんだ!

「あれー?」

「なんでー?」って死んで逝くんだよ!

 

舜司には、時間がないように思えた!

焦る!

考えなくては!

瞑想しなくては!

悟らねば!

生きるとは?

死ぬとは?

人にどう思われようと関係ない!

人のために生きているのではない!

自分のために生きているんだ!

くそう!焦るぞ!

なのに、なのに、借金があるぞ!

借金返済のための人生だ!なんて、なんて理不尽なんだ!

だから、貧乏人は嫌いなんだ!

妻や子のため!職員のため!・・みんなのために!って?

そのためには、自分は犠牲にして生きて行かねばならないのか?

自分を抑えて辛抱しなくてはならないのか?

まてよ?・・・それって、“自己犠牲を伴う思いやり”って、言えるのじゃないか!

舜司は、それを、“愛”だ!と言ってきたじゃないか!

そうかよ!“愛”かよ!

“愛”のために、いやいやしながらも、毎日、頑張って生きているのかよ!

なら、残りの人生を、どうやって生きていけばいいんだ?

「舜司!答えを出してくれよ!」

・・・・

「うん!」

今の時点では、はっきりしないが、ぼんやりした答えなら浮かんできている。

それは、「刮目して、物事を見よ!」だよ!

 

「刮目せよ!

仏教では、

今を生きよ!

今この時を大事にせよ!

今、この刹那、刹那を大切に生きるんだ!

と言う!

わからない!

言っていることは理解できる。

だが、具体的にどうしていけばいいのだ?

どうしたら、大事にしていると言えるのだ?

どう行動したら、精一杯に生きることになるのだ?

一般人には、どうあがいても、わからない!

スマナサーラは言う!

「サティ(気づき)」だと!

舜司は、思った!

「刮目せよ!」だと!

人間は、生きていく中で、瞬間、瞬間いろんなことに出会っていく。

その時、何もないと思うのなら、それはそのまま過ごせばいい。

しかし、“言い争い”や“もめ事”などの事件に出会ったなら、その時こそ、ぼうっと傍観するのではなく、目をこすって大きく目を見開らき、事態をよく見極めるんだ!

真剣に考えるんだ!

第三者じゃない!自分だ!その場に自分が存在しているんだから!

「刮目せよ!」

さすれば、「サティ(気づき)」が生じる!

そして、ついには「智慧」が生まれて来るはずだ!

相手のためにでもない。

世間体のためにでもない。

自分にとって、自分は、その事態にどう対処していくべきなのか!

なにものにも惑わされない自分の取るべき真の姿が、見えてくるはずだ!

舜司は、幽かな光が垣間見えてるような気がして嬉しくなってきた。

 

嬉しさのあまり、舜司は、周りの仲間達にも、知らせてやりたくなった!

しかし、残念かな!

舜司の周りの人々は、刮目することもなく、盲目のまま、オロオロしてるだけなのである。

見えているのに、唯々、ボーっと突っ立っている人のなんと多いことか!

今時(いまどき)の人は、いちいち指示してもらわないと自発的に動こうとはしない。

また、たとえ、何かをしようとしても、何故、誰も教えてくれないのだ!と、誰かを責めるのが関の山だ!

そういう相手が、どうでもいい存在であるのなら、どうでもいいのだが、将来、身近な人として、大事な人になってほしいのなら、一から鍛え上げるしかない。

本当にこの世の中では、菅総理大臣じゃないが、叩き上げの人は少なく、鍛え上げなくてはならない人ばかりが、なんて多いのだろう!

「目をこすり大きく目を見開いて、何が起こっているのかよく見てみろ!」

「相手のことじゃなく、自分のこととして、よく考えてみろ!」

「成り行きを止めたければ、プライドも関係なく、自発的に行動してみろ!」

残念かな!

手引きをしてやっても、指示まで出してやっても、何にも感応せず、ましてや、逆の方向へと行動してしまうとは!

現実は、苛立ちを覚えるほどに疎いのだ!

 

映画や、テレビでは、心に響く恋愛もの、美しい友情もの、涙ぐましい家族愛のもの、たくさん、たくさん、放映されている。

見る人は、みな感動し、涙を流す人さえいるのだ。

でも、実際には、そうは、素敵な恋愛などはない!

美しい友情などもない!

思いやりのある家族愛などもない!

稀だからこそ、憧れであり、永遠の希望であり続けるのだ!

何故って?

それは、人間は、自分の本当の姿や顔さえ見ることが出来ないのに、自分のことは、自分が一番よく知ってるとうぬぼれており、この世の中で一番大好きで大切な人も、本当は、自分だってことに気付いているからだと思うよ!

要は、「自分は、自分は、・・」って、錯覚したまま生きて、最期の最期まで、世の中の主人公は自分だって思ったまま死んで逝くからかもしれないな?

実際には、その人の世の中は、その人の消滅と共に、消滅してしまうものなんだから、それは、それで、いいのかもなあ???