こんにちわ。
心の調律コーチ 深尾遊です。
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「親なんだから当たり前」だと思っていた私が、
今になって気づいたこと
最近、仕事がなかなか思うように進みません。
母が抗がん剤治療のために、入退院を繰り返しているからです。
今回は10日入院して、3日だけ退院というスケジュール。
治療の影響で、母の体力は少しずつ落ちてきています。
「元気で長生きしてほしい」という気持ちはもちろんあります。
でも同時に、治療がいつ落ち着くのか分からない現実もあります。
毎日、朝と夕方に実家へ行って、ペットのお世話をしています。
できる限り病院へ面会にも行っています。
母のことも大切ですし、実家の猫も大好きなので、
“嫌でやっている”わけではありません。
ただ、1日に1時間半〜2時間ほど時間を使う生活が続くと、
家事や仕事が少しずつ後回しになっていきます。
気づけば、体力的にもかなりギリギリになっていました。
「なんで手伝ってくれないの…」と思ってしまった日
ある日、私は長男に
「干してある洗濯物を畳んでおいてほしい」とお願いして家を出ました。
でも、帰宅した時、長男はかなり不機嫌な様子でした。
長男は幼い頃、癇癪が強いタイプの子でした。
今は以前のように物に当たることはありませんが、
しんどくなると黙り込んだり、
無視のような態度になってしまうことがあります。
そして私はその時、心にも体にも余裕がありませんでした。
だから思わず、
「なんでそれくらい手伝ってくれないの…」
そんな悲しい気持ちになってしまったんです。
でも、本当は“できないこと”だったのかもしれない
そんな空気を察した次男が、
残っていた洗濯物を黙って畳んでくれました。
一方で長男は、手先の不器用さもあり、
細かい作業が苦手です。
だから今思うと、
『手伝いたくなかった』のではなく、
本人にとっては
“かなり負担の大きい作業”だったのかもしれません。
人はつい、
「これくらいできるはず」
と思ってしまいます。
でも、“簡単にできること”って、
本当に人それぞれなんですよね。
息子にイライラしながら、母のことを思い出した
その時、ふと気づいたことがありました。
私は、母のことをどれくらい手伝っていただろう。
高校時代、母は仕事をしながら、毎日お弁当を作ってくれていました。
でも私は、
洗濯物や掃除を積極的に手伝っていた記憶が、ほとんどありません。
親から「やって」と強く言われたこともなかったし、
どこかで、
「親がやってくれるのが当たり前」
と思っていた気がします。
でも今、自分が親の立場になって分かりました。
あれは、当たり前じゃなかった。
疲れていても、余裕がなくても、
家族のために動いてくれていたんですよね。
親になって初めて分かることがある
子育てをしていると、
「どうして分かってくれないの?」
「少しは手伝ってほしい」
そんなふうに感じる日があります。
でも同時に、
自分自身も昔は
“分かっていなかった側”だったことにも気づかされます。
だから最近は、
長男に対しても、
「私もそうだったよな」
と思うことが増えました。
もちろん、余裕がない日はイライラします。
悲しくなることもあります。
でも、完璧な親でいようとするより、
「今、自分も余裕がないんだな」
「この子にも苦手があるんだな」
そうやって一度立ち止まって考えられることの方が、
大切なのかもしれません。
今できる形で、少しずつ恩返しをしたい
母が病気になった今、
「もっと手伝えば良かったな」と思うことがあります。
でも、過去は変えられません。
だからこそ今は、
できる範囲で、少しずつ恩返しをしていきたい。
毎日の面会も、ペットのお世話も、
大変な時はあります。
それでも、
「今できることをやれて良かった」
そう思える時間にしていきたいと思っています。
心理学・子育ての視点から見ても
「余裕のなさ」は影響しやすい
心理学では、強いストレスや疲労が続くと、
人は“相手の気持ちを想像する力”が低下しやすいと言われています。
特に、介護・看病・育児が重なる時期は、
「いつもなら流せること」
に強く反応してしまうことも少なくありません。
また、発達特性のある子どもは、
『不器用さ』や『段取りの難しさ』によって、
周囲が思う以上にエネルギーを使っている場合もあります。
だからこそ、
”できて当たり前”ではなく、
“その子にとって何が負担なのか”を見ることも大切だと言われています。
親になって初めて、
親の大変さに気づくことがあります。
そして、余裕がない時ほど、
家族に優しくできなくなることもあります。
でも、それに気づけたなら、
きっとまた関係は作り直していける。
最近はそんなことを感じています。