こんにちわ。
心の調律コーチ 深尾遊です。
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先日、母が亡くなりました。
息子たちにとっては、
小さいころからたくさんの時間を一緒に過ごしてきた、
大好きなおばあちゃんです。
子どもが大切な人を亡くしたとき、
「ちゃんと受け止められているかな」
「どう声をかけたらいいんだろう」と、
心配になる方も多いのではないでしょうか。
私もそのひとりでした。
でも、
母を見送る日々のなかで気づいたことがあります。
子どもは、
子どもなりのやり方で大切な人の死を受け止めて、
まわりに寄り添おうとしている
ということです。
この記事では、
そう気づかせてくれた長男の姿を書いてみたいと思います。
子どもには、子どもなりの
「受け止め方」と「寄り添い方」がある
悲しみの表し方は、大人とちがっていい
子どもの悲しみは、
大人のように言葉や涙ではっきり表れるとは限りません。
ふだん通りに遊んでいたり、
急に別の話をしたりして、
「悲しくないのかな?」
と思える姿を見せることもあります。
子どもの悲嘆に寄り添う支援の現場では、
子どもは悲しみの中にずっといるのではなく、
悲しみに入ったり出たりしながら、
少しずつ受け止めていくと言われています。
それは「分かっていない」のではなく、
子どもなりに心を守りながら向き合っている姿なのだそうです。
寄り添い方も、言葉だけではない
人に寄り添う方法は、気の利いた言葉をかけることだけではありません。
そばにいること。
手を握ること。
自分の言葉で、思いを残すこと。
長男がまさに、それを見せてくれました。
母を見送った日の、長男の姿
何も言わずに、私と次男の手を握ってくれた
母の棺が、火葬のために運ばれていくときでした。
長男が何も言わずに、
私と次男の手をそっと握ってくれました。
息子自身も、大好きなおばあちゃんとのお別れの真っ最中です。
それでも、
何か言葉をかけるわけでもなく、ただ静かに。
私の気持ちを察して、隣にいてくれたのだと思います。
長男には、好きなことの話になると、
相手の様子に関係なく夢中で話し続ける一面があります。
だからこそ私は、日頃から
「相手の気持ちに気づけているかな」
と心配することもありました。
でも、あの日の息子の姿を見て思いました。
私が心配していることだけでは、
この子のことは語りきれないんだな、と。
言葉のやり取りでは見えにくかった思いやりが、
そっと差し出された手から、まっすぐに伝わってきました。
私も息子たちも、同じ人を思いながら、並んで立っていました。
あのときつないだ手の温かさが、今も心に残っています。
寄せ書きに残した、おばあちゃんへの言葉
棺に入れる寄せ書きに、
長男はこんな言葉を書いていました。
おばあちゃんが生前、
冗談まじりによく口にしていた言葉への「返事」です。
「ボケたら教えてっていつも言っていたけど、
ボケんかったやん。いままでありがとう」
私が正社員で働いていたころ、
母には夕飯の準備など、
暮らしのことをたくさん助けてもらいました。
そのぶん息子たちも、長い時間を母と一緒に過ごしてきました。
いつもの何気ないやり取りを思わせる言葉と、
最後の「ありがとう」。
そこに、祖母と孫として重ねてきた、
ふたりだけの時間を感じました。
きっとこれが、
息子なりのお別れの言葉だったのだと思います。
「おばあちゃん家に行く」と言いそうになる毎日
葬儀を終えたあとの夕食で、長男がぽつりとこう言いました。
「間違えて、おばあちゃん家行くって言ってしまいそうや」
その言葉に、
息子たちもまだ実感が持てずにいるのだと感じました。
そして私自身も、
母がもういないということを、
すぐには受け止めきれずにいます。
いつものように「おばあちゃんの家」と口に出そうになるほど、
母は私たちの暮らしの中に、
あたりまえにいてくれたのですね。
これからも、
ふとしたときに母を思い出すのだと思います。
そんなときは無理に悲しみを閉じ込めず、
息子たちと
「おばあちゃん、こんなこと言ってたね」と、
思い出を話せたらと思っています。
言葉にならない優しさも、大切に受け取っていきたい
息子があの日、何を思って手を握ってくれたのか。
そのすべては分かりません。
でも私は、
たしかにその手から優しさを受け取りました。
相手を思う気持ちは、
そっと隣に立つことや、手をつなぐことにも表れる。
そのことを、息子に教えてもらった気がします。
子どもの「できないこと」や「心配なところ」は、
親としてどうしても目に入りやすいものです。
これからも心配になる日はきっとあると思います。
それでも、
その子が見せてくれる小さな思いやりを、
一つひとつ見逃さずに受け取っていきたい。
もし今、
大切な人を亡くしたお子さんのそばにいる方がいたら、
上手な言葉が出てこなくても大丈夫です。
子どもたちは、子どもなりの形で、
ちゃんと受け止めて、ちゃんと寄り添おうとしています。
母と過ごした時間は、
息子たちの中にも、たしかに残っている。
あの日つないだ手の温かさと一緒に、
そのことを大切にしていこうと思います。