✨✨魂の記憶✨光明子✨✨〜自らかけた封印を、自ら解く。〜 | みらくる☆彡

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レムリアの事始めの日に

 

振れ愛、触れ愛して


うちはまた一つ

自身のトラウマ的な封印


解くコトを結心いたしました

昨日の朝、でした。


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11/14はGate#154「意外な方向性を知る日」。

目の前に次元の扉の渦巻きがあらわれ、簡単に流れに乗ることができる。

抵抗すればするほど翻弄され、渦巻きに入りにくくなる。

意外な方向性を知り、思いもよらないことが大きなチャンスになるだろう。

(数字のメソッド/辻麻里子) 



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やはり、食するコトから

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三年前のイザナミの日に

イザナギさまに導いていただきながら

うちは思い出して、いたのでした。


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  • 客殿 - 本堂裏手にある書院造建築。庭園は国の名勝に指定されている。

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  • 浴室(からぶろ)(重要有形民俗文化財) - 光明皇后が千人の垢を自ら流したという伝説のある蒸し風呂であるが、現存の建物は江戸時代の明和3年(1766年)のものである。建造物としてではなく、民俗文化財として国の指定を受けている。

法華寺の、華楽園と浴室

こちらの場所に立ちました時の

「 そうです。
わたしはこのお役目を宇宙から授かり
この地球に生まれてまいりました。」

心からそう湧き起こりました感情、
そして身体の記憶

全身に鳥肌が立ったのでした。


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  • 施薬院(せやくいん)は、聖徳太子仏教の慈悲の思想に基づき、その地に薬草を栽培し、怪我や病気で苦しむ人を救うために四天王寺内に作ったと言われる施設。推古天皇元年(593年)、聖徳太子が大阪に日本最古の官寺・四天王寺を建立の際、四箇院の一つとして建てられたのが日本での最初とする伝承があり(四箇院とは施薬院に悲田院・敬田院・療病院を合せたものである)、社会福祉のはしりとして紹介される場合がある(収容型施設のはしりであることには間違いない)。現在は大阪市天王寺区にある勝鬘院愛染堂が施薬院跡として、四天王寺病院(設置主体 四天王寺福祉事業団)が施薬療病院として継承されている。


施薬院(せやくいん/やくいん)は、奈良時代に設置された令外官である庶民救済施設・薬園。「施」の字はなぜか読まれないことが多く、中世以降は主に「やくいん」と呼ばれた。

天平2年(730年)、光明皇后の発願により、悲田院とともに創設され、病人や孤児の保護・治療・施薬を行った。諸国から献上させた薬草を無料で貧民に施した。東大寺正倉院所蔵の人参や桂心などの薬草も供されている。また、光明皇后自ら病人の看護を行ったとの伝説も残る。

光明皇后崩御の後は知院事2名が置かれ、平安京へ遷都後も、施薬院は五条室町近くに移されて続行し、山城国乙訓郡に施薬院用の薬園が設けられた(『日本後紀弘仁2年2月5日811年3月3日)条)。天長2年(825年)には、別当、院使、判官、主典、医師の各1名を置く職制が定められ、延喜式でも継続された。『類聚三代格』所収の寛平8年閏正月17日896年3月5日)付太政官符によれば、施薬院と東西悲田が病人と孤児を収容し、前者は預と雑使が治療にあたり、後者は・雑使に加えて乳母・養母が養っていたこと、院司が預以下を指揮監督していたことが記されている。その一方で平安時代に入ると藤原氏が設立者である光明皇后の実家であることを理由として施薬院の運営に介入を行うようになる。藤原冬嗣が施薬院に食封1,000戸を寄進したものの、その使い道を藤原氏の困窮者の救済に限定させたことが『続日本後紀承和3年5月甲子(26日)836年6月13日)条に記されている。こうした経緯から別当のうち1人は藤氏長者の推薦によって藤原氏から補任される慣例が平安時代を通じて行われた(残り1名は大外記から補任されていた)。院使は実務にも関与したことから医学知識のある者が任命され、官司請負制が確立される11世紀頃から丹波氏が世襲するようになる。


🌿🌸🌿施薬院🌿🌸🌿


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イザナギさまが、前でも後ろでもなく

うちの隣に、傍に

共に歩んでくれたからこそ



あれから三年が経ちました今も

心の記憶身体の記憶が揃い、
はじめて目醒める魂の記憶

臆することなく思い出すことが出来るのです。


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自分自身にとってのツインレイ

それは、「心」であり 心臓そのもの。

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そう、いつだって『三』

が氣づかせてくれていました。

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イザナギさま
いつもうちの隣にいてくれて

肉体を持ち生きるコト
時に厳しく、そして優しく教えてくれた人。

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今もうちがイザナギさま
ずっと恋をしつづけているのは

今ここの地球に生かされ生きている
ありとあらゆる生命と共に

幸せになる未知、道
決して投げ出したりはしない結心している心

今の身体にも、生きつづけているからです。

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