火曜日 「関西と関東」
最近メチャメチャテレビ見てると気になることがあるんですよ。
それは関西と関東をキッチリ分ける傾向。
方言、人格、食べ物、お笑いetc…
それで芸能人のトークとかげ関西と関東がどうたらこうたらっていうのもたまに聞きます。
私にとっては意味が全くわからない。
はあ?って正直思いますね。
少し前、夕方のテレ朝のJチャンで「関東お好み焼き店が関西に進出!」という特集をやっていたのをたまたま見ました。
大阪に住んでる人が、「関東の物が関西で成功するかな?」と続々と辛口コメント。正直あきれましたね。
関西を自慢したいとしか思えん。大阪の味は東京の味と違うでー、みたいに言うけど、違うから大阪人は好まんという
訳やないって。あと付け加えとくと、大阪のおばちゃんは強いって言うけど、あんなん偏見ですよね。
人格として、どっちがどうだったか忘れたが、どっちかがせっかちで頑固で…というのも有名ですよね。
これは発端は誰かがふざけてやっただけであろう。何か都道府県別性格集みたいなのと同じく。
あんなのもウソですね。どっちもそんな変わらんて、実際に見たわけではないけど。
あとお笑いも、関西芸人と関東芸人を悪い意味で分けるのもたまに見る。
別にお笑いに関して特別な感情をもっているわけじゃないけど、お笑いを細分化するというか、何か分析するのって
間違ってるなって思いますね。何かお笑いとは、と熱弁する人をたまに見るが、場合によっては腹が立ちます。
その人が面白いか面白くないかは別として。 関西芸人と関東芸人に分けて、何か得することでもあるのかな~。
私がこういう風に批判的に書いた元は、とにかくこういう風に分けられることにより、自分が損しているからである。
別にふざけた範囲で関西と関東に分けるならいいけど、人々が本気でそう思っている(スピリチュアルのやつも一緒だ)
ように思える。
あ~あ一気に書いてしまった。
最近メチャメチャ暑い。
土曜日 番組名
今日は番組名について思っていることを書きたい。
番組名に出演者の名前・芸名が入っているのは止めて欲しいですね。
何か番組が私物という感じがしてならない。
もちろん出演者の名前を入れる理由は、「お!○○出てんじゃん!」といった効果を狙ってるからでしょう。
しかし、そんなものは番組が流行ればみんな番組名を聞くと、「ああ、○○のね」みたいになりますって。
あと上の効果を狙うのなら、「○○ら出演」みたいにすればいいじゃない。
あと個人名での批判は控えますが、TBSでやってる個人名の入ったニュース。
あれはイケなすぎる。中身はどうであっても、ニュースはできるだけ客観ではならないのに、
あれじゃ「主観的に斬ります!」みたいな感じじゃないですか。
今に朝のニュースが全部「個人名+α」みたいになったらどうします?私には想像できませんね。
以上
水曜日 反論だ!
私はまたまた反論したいことがある。
そう、それは「子供は詩人。感受性が高くて良い。大人は平凡な感情変化しかない。」
とかいう趣旨の内容である。
もはや子供とは言えない私にとって、この言葉にはただ腹が立つだけである。(結局自分の都合に言い様に考えてるだけなのか?)
まず、「子供は詩人」。
まあ正直に言わせて頂こう。子供は言葉を知らないじゃないか!言葉を知らないのに大人より表現できるってどういう事だ!?
次に「子供は感受性が高くてよい。」
ええ~~っと、まあ確かに子供の方が感受性高いですよ。でもそれって果たして良いのでしょうか。この人間社会でそんな
人間ばかりだったら成り立ちませんよね。お互い我慢のし合いというか、ある程度の距離を保って成り立ってるものだと思う
んですよ。だから思うに、大人になる段階で意識的に捨てるもんなんだと思います。ただですね、感受性なんてのは、意識
さえ変われば高まるものだと私は思います。だから、感受性は子供の特権じゃないと思いますけど!?
最後に「大人は平凡な感情変化しかない」
これは少し上とかぶりますね~。意識的に抑えているもんだと思うんですがね。
結論的には、子供も大人も実はそんなに感情面では変わってないということですかね。
まあ結局私がしたいのは子供批判ではなく、大人社会が自らをそう暗く捕らえていることに対する示唆(?)
私が意識を変えて感受性高くブログ記事を書いたらどうなるかな~というか何も変わらないか。
です