「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!? -34ページ目

「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!?

藤田という名字の人は、武蔵国 榛沢郡 藤田郷(現 埼玉県大里郡寄居町藤田)にあった「花園城」城主 藤田政行の子孫、さらに遡れば小野篁(たかむら)
(小野小町の祖父)の子孫、さらに遡れば小野妹子の子孫、さらに遡れば第30代天皇 敏達天皇の子孫である可能性があります。

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「少林寺」です。五百羅漢の近くにあります。
これも、藤田康邦が、つくったであろうと思われます。

埼玉県大里郡寄居町には、「藤田」ゆかりの城、寺が
たくさんあります。
「花園城」 藤田政行が1150年頃築城。
「鉢形城」 上杉の家臣、長尾景春が築城。北条氏邦のちの
藤田氏邦 の時、豊臣秀吉の北条攻めで花園城と
共に落城。
「用土城」 花園城第15代 藤田康邦が築城。

「正龍寺」 花園城主 初代 藤田政行が開寺。
「藤田善導寺」 花園城の麓にある。1297年、藤田持阿
良心上人 により、創建。
「宗像神社」 花園城主 初代 藤田政行が北武蔵一帯を治めるに
あたり、祈願所とした。
「蓮光寺」 藤田善導寺をつくった 藤田持阿上人が開山。
「少林寺」 花園城主 第15代 藤田康邦がつくったとされる。

このように、藤田ゆかりの場所がたくさんあります。
それも5km圏内にあり、東武東上線 寄居駅から、タクシーで
15分内にあります。
花園城に登るのに、往復40分かかったとしても、車なら、
3時間程度で全てまわれます。
是非、いらしてみてください。