「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!? -19ページ目

「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!?

藤田という名字の人は、武蔵国 榛沢郡 藤田郷(現 埼玉県大里郡寄居町藤田)にあった「花園城」城主 藤田政行の子孫、さらに遡れば小野篁(たかむら)
(小野小町の祖父)の子孫、さらに遡れば小野妹子の子孫、さらに遡れば第30代天皇 敏達天皇の子孫である可能性があります。

大阪の守口市に藤田町 という地名があります。
摂津市の隣です。
以前、摂津 発祥の藤田姓も多いと書きましたが、
摂津市ではなく、隣の守口市に藤田という地名
が残っていました。
大阪府守口市藤田町
埼玉県大里郡寄居町藤田
仮説ですが、
豊臣秀吉の北条征伐の際、北条 方であった
武蔵 藤田家は花園城の落城とともに
15代 400年にわたる歴史に幕を閉じました。
その子孫が、西へ落ち延び、生きながらえたのでは
ないでしょうか。
ちなみに守口市藤田町は「ふじた ちょう」ではなく、
「とうだ ちょう」と読むそうです。
やはり、「ふじた」と名乗るのを、憚ったのかも
しれませんね。