「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!? -17ページ目

「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!?

藤田という名字の人は、武蔵国 榛沢郡 藤田郷(現 埼玉県大里郡寄居町藤田)にあった「花園城」城主 藤田政行の子孫、さらに遡れば小野篁(たかむら)
(小野小町の祖父)の子孫、さらに遡れば小野妹子の子孫、さらに遡れば第30代天皇 敏達天皇の子孫である可能性があります。


こちらの本のP 17に「名字は、もとは武士の
領地の地名であった。平安時代末期に、関東の
武士がはじめて名字を名乗った。とあります。
また、P、21に「武蔵七党」が最初に名字を
名乗ったとあります。
(源平藤橘などはもちろん別格です)
武蔵七党とは、横山党、猪俣党、野与党、村山党
、西党、児玉党、丹党からなり、平安時代に
京都からくだってきて、武蔵野を開発した人々
とあります。
「藤田」は、「猪俣党」の政行が、武蔵国榛澤郡
藤田郷の地名から、「藤田政行」と名乗りました。