私の友達にスズコさんというひとがいます。

 

スズコさんのお腹には赤ちゃんがいます。

初期には入院していましたが

安定期に入り体調も回復したことから

わたしとミオちゃんは

スズコさんの家に遊びに行きました。

スズコさんは遠方に嫁いでいます。

 

 

スズコさんのご主人は大学の先生です。

ご主人の専門は文系ですが

スズコさんの家の玄関には

男物のエンジニアブーツが置いてありました。

わたしとミオちゃんは

これは女子生徒にモテるに違いない、と

ひそひそと囁きました。

 

台所のテーブルには

煮出した麦茶がFAUCHONのガラス瓶に

詰め替えられて置いてありました。

その晩お借りした白いバスタオルには

赤い刺繍糸でBATHと縫い取りがありました。

それを見た私は

スズコさんのご主人に嫉妬しました。

 

 

夜は3人でおしゃべりをしました。

少しだけ、私は自分の恋の話をしました。

電話番号は知っているけれども

電話はしない、と決めている人のことを。

 

スズコさんは

電話をしてもいいんじゃないかな、と

言いました。

 

ミオちゃんは弟さんのことが理由で

家のなかがつらいことを話してくれました。

ミオちゃんの一家は

弟さんのために引っ越しをしました。

ミオちゃんは職場では笑い上戸です。

 

 

翌日、ご主人が近くの美術館まで

私たちを送ってくれました。

私の好きなラファエル前派の絵画展でした。

 

スズコさんとミオちゃんは

「ほら、あのひと絶対ムッとしてるよね」

「最高!って言いそうな顔してる」

 

くすくすと小さな声で囁きながら

絵を見て回りました。

私は友達と美術館に行くのは初めてでした。

いつもひとりで行っていました。

 

その美術館には

フラナガンの彫刻がありました。

わたしはフラナガンが大好きです。

スズコさんはそれを知っていました。

 

 

 ちょうどポンポンの巡回展をやっていました。

小夜子さんは絶対、こういうの好きだから。

そう言って

スズコさんとミオちゃんと

ポンポンのエリアに入りました。

 

一目で気に入りました。

これに乗りたい、と

子どものようなことを言いました。

2人は、わかる、と同意してくれました。

 

ミュージアムショップは

私たちは素通りすることができません。

ポンポンのシロクマのフィギュアは

値段が高いうえに質感が全く違いました。

わたしはフィギュアを諦めて

ポストカードを買いました。

 

 

 

 

美術館のクリアファイルが私は大好きです。

でも一面にイラストが描かれた

クリアファイルは仕事には使い勝手が悪く

ただ持っているだけになってしまいます。

 

そんなことを2人と話しながら

スズコさんが前から行ってみたかったという

近くのカフェに入りました。

 

スズコさんはミオちゃんと

この辺りでは

そのカフェにしかないというZINEを見て

ひそひそ話をしています。

 

スズコさんは

疲れたら、少し眠っていていいからね

とそっと声をかけてくれました。

 

わたしはようやく

泣いてもいいんだな、と思いながら

この時間を壊すのが怖くて

目を閉じて心の裏側で涙を流していました。

 

 

サイゴンラテは温かくて甘くて

柔らかな湯気がわたしの周りを漂っています。

ボサノヴァが流れるカフェで

わたしはこの時間が

ずっと続くことを祈っていました。