彼からメールで別れを告げられたあと

わたしは彼に何度も電話をしました。

せめて最後に

彼の声で別れを告げてほしかった。

彼は一度も電話に出ませんでした。

 

私はひどく怒りを感じていました。

制御できない怒りでした。

初めての激しさでした。

私は拒絶されたのは初めてでした。

私は誰かに蔑ろにされたことは

ありませんでした。

彼の留守番電話にメッセージを

何度も残したように記憶しています。

 

以前トモミに

「男は追い詰めちゃだめよ」と

アドバイスしたことを思い出しました。

私がしていたことはまさにそれでした。

何度も、何度も電話しました。

 

ちょうど何かの休みで

家族で近くのリゾート施設に

泊りがけで行っていました。

昼間は子どもたちが

室内プールで泳ぐのを見ていました。

夜は部屋を抜け出して

何度も何度も電話しました。

電話を止めることができませんでした。

二日ほどは電話をかけ続けたように

記憶しています。

 

それでも身を切られるような思いで

彼に電話をするのをやめました。

彼の電話番号を削除しました。

彼にメールをしました。

最後に、お別れを言ってほしいと。

 

彼から一言だけ別れを告げるメールが

届きました。

 

 

 

削除しても彼の電話番号は覚えていました。

電話をしないよう、必死でした。

しなくてはいけない家のことは

いつもありましたが

心はそこにはなく

ずっと彼のことを考えていました。

 

私は招待制SNSの別アカウントで

彼の動向を再び伺うようになりました。

彼はSNSで騒ぎ回っているようでした。

1年前と同じように。

 

ある夜、彼のSNSを見ていました。

彼は自宅でお酒を飲んでいるようでした。

ひどく酔っているようでした。

酔っている彼は心が緩むのを

私は知っていました。

私は彼に電話をかけました。

彼は電話に出ました。あっさりと。

 

そうして、わたしと彼は

再び連絡を取り合うようになりました。

けれどもそれは

以前とは少し違う歪なものでした。

 

彼は私を粗略に扱うことにしたようでした。

彼は私の身体の写真を要求しました。

自分の指示に従うように、と。

私が従うまで私からの連絡は無視されました。

 

彼から

自分には嗜虐的な志向があると聞いたのは

最後に会ったときだったでしょうか。

離婚してから

そのようなものに目が向くようになったと。

女性に裏切られたから

女性を屈辱的な目にあわせたいのだと

そんなことを言っていたと記憶しています。

私にそのようなことをしたいとも

言っていました。

 

そんななかでも少しずつ

以前のようなやりとりが復活しました。

 

私の個人情報が掲示板に載ったのは6月です。

彼にお願いして

削除依頼を出してもらったので

36歳の6月までは

彼と連絡が取れていたのだと思います。

彼と最後に会ったのは、もしかしたら

一度別れた後だったのかもしれません。


 

6月に掲示板に私の個人情報を書き込んだのは

私自身です。

彼の関心を引きたくて

連絡する口実が欲しくてしたことでした。

ばかなことをしたものだとは思いますが

ばかなことなら最初からすべてがそうでした。

被害を被るのは自分自身だけなので

人を傷つけなかっただけ、ましでしょう。

 

 

そのすこしあと、私たちは終わりました。

どうして終わったのか、覚えていません。

彼が耐え切れなくなったのでしょう。

 

彼に電話をしました。

そのとき、彼の部屋には

彼の地元の友達がいたように記憶しています。

電話の後ろでざわめきが聴こえていました。

 

最後に電話でいいから二人だけで話をしたくて

後日の予定を尋ねたように思います。

彼は、こちらに来るのか、と私に尋ねました。

 

目の色が変わる、とはよく聞きますが

彼の声の色が変わったのがわかりました。

ぬめりを帯びた声でした。

会える、ではなくて、抱ける、と

思ったのでしょう。

 

そのあと彼と電話をしたかも覚えていません。

もともと終わりは見えていました。

無理やり、終わりまでの時間を

引き延ばしていただけでした。

 

 

これで本当に終わりだ、そう思いました。

招待制SNSのアカウントを削除しました。

彼に関わるすべてのデータを消しました。

自分はただ単にネットで知り合った男に

捨てられた人妻なのだと思おうとしました。

よくあることなのだと。

 

 

こうして当時のことを書いていても

時系列が合っているのか、わかりません。

確かめることもできません。

彼にお願いした削除依頼は

通らなかったのでしょうか、

当時の私のメールアドレスで検索すると

今でも6月12日の日付の

掲示板がヒットします。

 

彼に初めて触れられたときのことは

覚えているのに

彼に最後に触れられたときのことは

もう、思い出すことができません。