私の夫は鬱病でした。

私がSNSに熱中している期間

夫は3度目の休職をしていました。

 

鬱病患者の家族の態度としては

「病人への暖かな無関心」が

大切だと言われています。

家族は病人を、病気を

生活の中心に抱え込んではいけない。

家族も引きずられてしまうから。

 

私は夫との共依存を断ち切るために

暖かな無関心という距離感を作るため

夫から心をそらすためにSNSを始めました。

 

その結果

私は夫への関心を失うことになるのですが。

 

 

リュウさんは数年前

奥様の度重なる不倫が原因で

離婚をし、仕事を失い

鬱病を発症していました。

 

私はSNSで自分の状況を語りました。

私がひとに家庭のことを話すのは

初めてでした。

夫に病気のことは人に言わないでくれと

懇願されていたから。

 

実家の親兄弟にも、友達にも、職場の人にも

一度も話したことはありませんでした。

問題など何もない、という態度でいました。

理想的な家庭だと言われても

そうね、と微笑んでやり過ごしてきました。

 

夫の病気のことを話せる相手は初めてでした。

私のつらさを理解してくれるひとに

私は初めて出会いました。

 

 

私は簡単に恋に落ちました。

私は世間知らずの奥さんでした。

 

ほかの仲間たちも

生きづらさを抱える人ばかりでした。

リュウさんは皆を慰め

暖かい言葉をかけるひとでした。

そしてリュウさん自身も

ときおり深い淵に沈むひとでした。

 

グループセラピーの基本として

「話は聞きっぱなしでアドバイスはしない」

というものがあります。

私は数年後にカウンセリングの本を読んで

そのことを知りました。

 

私達のSNSは

だめなグループセラピーの見本でした。

悲しみに沈む人に寄り添い

暖かな言葉をかけあい

なんとなくそれでみんな

なんとかなったような気になる。

 

リュウさんは苦しみに喘ぐひとに

よく言いました。

「逃げていい。苦しみからは逃げていい。」

彼自身、逃げたことがあったのでしょう。

 

 

でも逃げた後のことを

彼は教えてくれませんでした。

 

逃げた後に

逃げ出した場所にもう一度

戻らなければいけない時のことを

彼は私に教えてはくれませんでした。

 

 

グループセラピーの基本としてもう一つ

「経験を積んだ指導者を立ち合わせる」

というものがあります。

そうでないと

グループは病状の重い者に引っ張られて

多くの者が悪化する、と。

 

私達はまさにそれでした。

SNSで苦しみを打ち明けあっているうちに

病状の重い者のほうが偉い、というような

雰囲気が漂ってきました。

より苦しむひと、

より大きな痛みを抱えているひとが

クローズアップされ

多くのひとがそれに引きずられました。

 

 

彼は私にとって憧れのひとでした。

憧れのひとに声をかけてもらえること、

コメントやメッセージを貰えることに

私は有頂天になっていました。

 

仕事中も彼のことを考えてしまって

いつも足元がふわふわしていました。

私のSNSに彼のコメントが付くことを

待ち望んでいました。

スマホに彼の名前が表示されると

心臓が高鳴りました。

初恋にのぼせる中学生のようでした。

 

 

彼の部屋に行くまでは

私が彼に寄せる感情は

アイドルに熱をあげる女の子のような

綺麗な、見返りを求めない感情でした。

 

見返りなどある訳がありませんでした。

私は彼のファンのひとりに過ぎないのだから。

 

彼に恋心を寄せるSNS仲間の大半の女性も

私のような気持ちだったのでしょう。

どこかのオフ会でリュウさんに

お姫様抱っこをねだった女性がいたそうです。

 

私は彼女が羨ましい。

彼女はご主人を大切にし

リュウさんのファンであることを公言する、

リュウさんのファンというポジションのまま

SNSの期間を過ごせた女性でした。

 

 

やがてわたしは

リュウさんのファンのひとりでは

なくなりました。

 

 

 

 

 


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