太平洋戦争時の日本海軍のエースと言えば坂井三郎(以下、坂井氏)が有名だが、戦いの哲学としての優位性は岩本徹三(以下、岩本氏)を私は推す。そして今回読んだ本は下の本。
とその前に坂井氏と岩本氏の戦い方の違いを見てもいただきたい。まずは坂井氏↓ 4分から5分のところを見て欲しい。
次に岩本氏。3分55秒から4分10秒ぐらいまでのところを見ていただきたい。
この両者の戦いを単純化すると坂井氏はドッグファイト(巴戦)、そして岩本氏は一撃離脱戦法を採用し、同じ日本海軍でありながら違う国の軍隊ではないかと思うぐらい全く異なる戦術で戦っている。
というわけで本の内容に移る。中国戦線から太平洋戦争の終わりまでの自伝のような内容。戦況の変化から、精神的な状況、撃墜数などなど克明に記載されている。それは本人が戦時中にノートに記録を取っていたから可能だと書かれてあった。私は戦争を経験したことがないが実際に生きていた人たちはこういう人生を歩んだのかと追体験できる。
いくつか面白かった内容を記載しようと思う。
そもそも坂井氏や岩本氏が乗っていた零式艦上戦闘機は驚異的な航続距離、重武装、徹底した軽量化による高い運動性を重視した航空機であり坂井氏が採用していた戦い方であるドッグファイトが向いている戦闘機なのである。それなのになぜ岩本氏は一撃離脱戦法を採用していたのか? この理由は珊瑚海海戦で多数優秀な搭乗員を亡くした経験や徐々にアメリカ軍の最新戦闘機に太刀打ちできなくなってきたところに拠る。本にこのような心理的な記述がある。
機材は零戦二一型で、古い型だ。この機材で敵新鋭機と、しかも多数に無勢で戦わなければならない。死ににいくようなものかもしれない。
p133より引用
少し諦めなような気持ちも感じる。でもこの状況で味方とともに生き残りながら戦うには一撃離脱戦法を多用するしかなかったのだ。さらに一撃離脱戦法には有利なメリットがある。弾丸・ガソリン・体力が節約できる。結果的に資源が乏しい当時の日本に相応しい戦術であり、さらに安全性が高く効率が良い。
あと読んでいて気付いたことがあるのだが、それは岩本氏が敵よりも常に上空を飛んでいた点。敵に見つからないよう心掛けながら急襲できるようにいつも高いところに陣取っていた。面白い話がある。日本の航空部隊がアメリカの基地を攻撃しに行き、攻撃が終わり、一安心して戻る途中にアメリカ軍機から奇襲を受けてしまい撃墜されるということが続いた。敵は攻撃をし終わった日本軍機を狙う作戦だったようなのだ。これを聞いた岩本氏は頭にきた。その待ち伏せるアメリカ軍機よりさらに上空で待ち伏せて撃墜したという。待ち伏せの待ち伏せである。
そして面白い内容をもう1つ。岩本氏の乗っていた零戦がエンジン不調になってしまった。しかもそういうときに限って敵の戦闘機コルセア4機が追ってきて射撃を受けた。座席後部は蜂の巣状態、脇の電話機には4,5発当たり、両翼にも数十発の穴。なんとか上手く逃げ切り(逃げ切ってしまうのが凄いが)しばらく飛んでいるとなんとエンジンが復活。エンジンが復活するとなぜか怒りが湧き上がってきた。たまに頭にきてしまうところが岩本氏のチャーミングなところである。そして敵戦闘機を撃墜しに行く。両翼のもの凄い振動で翼が千切れそうな状態にも関わらず戦闘機2機、小型爆撃機4機を撃墜。結局、着陸してみると167個も穴が空いていたらしい。こんな飛行機の状態でも撃墜してしまうのはさすが日本海軍のスーパーエースである。
この本を読んで投資に応用できる点をいくつか考えてみた。
・自分と味方の生存を第一に考える。
象徴的な記述があった。飛行するときは3,4機を1組として飛んでいたようだが後ろの1機が敵に奇襲されて落とされてしまったときがあった。それを見た岩本氏がコックピットで「しまった!」と叫び、とても落胆していた記述がある。岩本氏はとにかく自分と味方の安全を第一で考えるという哲学がある。ラバウル航空隊という有名な部隊があるが、この部隊は岩本氏によって支えられていたと言っても過言ではない。航空隊とはいうものの実態は戦闘機が大体30機ぐらいしかない。それで毎日やってくる3.4倍のアメリカ軍機に対抗しなければならないのだ。自分は然ることながら味方にも被害を出すわけにはいかない。なぜならアメリカと違って物量も人材も少ない。この点を考慮するとやはり投資においては資金を無駄にしてはいけないということに繋がるだろう。岩本氏は中国戦線から太平洋戦争が終わるまで10年間も生き抜いた。10年もほとんど怪我をすることなく生き残るのは半端ではない。とにかく生き残ることだ。儲けることより生き残ること。この先、第三次世界大戦が起こるかもしれないし、リーマン・ショック級の下落がいつ来てもおかしくはないのだ。
・自分が有利な状態で攻撃する。
岩本氏は常に敵より上位を陣取り、一撃離脱戦法で攻撃した。そして自分の勝算が低いときには攻撃を見送ることもあった。これは孫子の兵法にも通じる。勝てる戦いに勝ち、負けの勝算が大きいときには戦わない。メンタルを常に周りの投資家より有利な状況に置いておこう。それは現金を多く保有していることかもしれないし、絶対に資金が0にならないインデックスファンドを買うことかもしれない。これは人によって違うだろう。どういう状況が自分に有利なのかよくよく考えてみて欲しい。勝つか負けるか分からない状況で投資する必要はない。自分が有利な状況で勝つ。もしそうでなければ自分が有利になる状況まで待っていればいいのだ。そうして来るべきときが来たら射撃レバーを引き威力抜群の20ミリ機関砲を株式市場に打ち込んでやろう。
というわけで久しぶりに最初から最後までじっくり読んだ。毎回思うが経済学者や評論家が書いた本より生死を賭けて戦った本物の勝負師が残してくれた本のほうが遥かに勉強になる。日本は零戦のようなドッグファイトに強みを持つ戦闘機ではなくドイツ空軍のbf109のように一撃離脱戦法に強みを持った戦闘機を生み出すべきだったと感じた。そうすれば生存率を上げながら戦いができたのではないかと思う。さらにいえば資源の少ない日本においてガソリン・弾丸・搭乗機の節約、そして何より貴重な搭乗員生存率のアップができたのではないか? 神風特別攻撃隊は日本を守った象徴であるが、それよりも高速・重武装に方針が転換できていれば人命を弾丸にするという戦術に比べて敵に打撃を与え続けられたのではないかと思う。とはいえ岩本氏いわく物量はもうどう頑張っても変えようがないほど絶望的だったらしい。やはり日本はそもそもアメリカと戦うべきではなく韜光養晦(とうこうようかい)、つまり分からないように力を蓄えて来るべきときが来るまで待つほうがよかったのだろうか? それとも孫子の兵法が言うように戦わずして勝つ方法をもっと探るほうがよかったのか? 今となってはもうどうにもならない。
いずれにしろ生きるか死ぬかの戦いの中で彼を支え続けた一撃離脱戦法が投資に役立たないわけがない。しかしながら生かし方は人によって違うので個々人がそれぞれ熟考して投資に生かしていただきたいと思う。岩本氏いわく撃墜の気持ちよさは命を賭けて戦っている戦闘機乗りだけに許された至境らしい。投資においてもリスクというものを引き受け、それを乗り越えた者たちだけに許される至境があるに違いない。そこに私も到達したい。そのとき初めて岩本氏と時代を超えて繋がることができる気がする。
岩本氏は旧型の零戦で多数に無勢の状態ながら一撃離脱戦法を用い強大なアメリカ海軍と戦った。であるならば我々日本の個人投資家も世界の強大な機関投資家がいる株式市場で負けはしない。ありがとう、岩本徹三。
