「甲州街道は山梨県」

 

しかし江戸時代の街道利用を見ると、

5つの中で一番低いことが分かります。

 

(放蕩の画が探せなくてスパゲティ―にワインです。ごめんなさい)

 

何故かというと諸藩が参勤交代で利用した数が次のようです。

東海道は159藩

中山道は34藩

奥州街道は17藩

日光街道は6藩です。

さていよいよ甲州街道はそう少ないんです。

高島藩(諏訪)、高遠藩(伊那)、飯田藩の3つだけです。

甲州街道は44次、距離は209キロメートル。

45宿です。

 

然し江戸時代文化人が多く利用していたことが分かります。

・松尾芭蕉「奥の細道でなく野ざらし紀綱紀」野ざらしを 心に風の しむ身かな

・葛飾北斎「富岳36景」

・仮名垣魯文「身延参拝甲州道中膝栗毛」

・十返舎一九 取材のために頻繁に旅行した。

 

また徳川将軍に何か起こりそうな非常事態に、避難ルートになる。

 

以上グーグルで調べてみました。

 

自分の知らなかったことがあり勉強になりました。

 

 

今回は自転車を電車で甲府まで運びそこからスタートを切りました。

 

駅降りたら、ビックリしてしまいました。

何にびっくりしたかというとそれは山梨県の方と深い関係にある

歴史の上で偉大な総大将、「武田信玄公像です。」

 

どっしりと椅子に座って指示をしているような。壮大な感じがしたんです。

後の旅行でもそんな場所がありました。「それはイタリアのローマです。」

駅降りて、駅前の石の巨大な建物に圧倒したときでした。

 

場所は違っても独特な雰囲気は同じかな。

甲州と言ったらブドウでしょう。

 

 

甲州と言ったら桃でしょう。

 

 

 

甲州と言ったらワインでしょう。

 

 

甲州と言ったらやっぱ ほうとうでしょう。

(写真が見つからず、とほほほ。)

甲府は盆地です。甲府に限らず、盆地の地形を利用した農業が盛んです。

夏暑く冬は寒い。当たり前なんですがほかの地方に比べると、日中と夜の寒暖の差が激しい。

そのことで野菜がおいしい。また高地から広がる扇状地が多く、果物の栽培に合っている。

 

     【宇宙から扇状地を映します。】

 

でも個人的には、冬に食べるほうとうがいいです。(冬だけじゃないよ)

カボチャも入れて他の野菜の兄弟も入り、太麺で親分肌のほうとうが絡めてくれる。

身体があったまるんです。

 

人生訓のような、誰にでもわかりやすい「風林火山」

最初この文に触れたときに震え上がりました。

「すごい!」

 

物事の対処の仕方を表しています。

 

「軍隊が進むのは、風のように早く、

緩やかにとどまるのは、林のように静かに、

敵地を攻めるのは火のように激しく

守るときはどっしりと山のように動かない。」

 

徳川と戦い蹴散らした。信玄公は53歳

の若さで病死します。昔の平均寿命はわかりませんが

50歳くらいかな。

 

今は、80歳。

 

ただ、天下分け目の戦いをするわけでないし、

経済的に余裕があれば、

健康面で良好であれば

意欲を十分持っているのであれば

30年

別の世界に飛びこともできるし

ライフワークの追及もありかな。

 

お昼近くに甲府について江戸日本橋を目指します。

普通だと日本橋から甲府なんでしょうが。

乗っていくとハラハラドキドキを覚えます。

 

何だと思いますが。道路に関係します。

それは隧道です。山を切り開けないためにトンネルを掘るんです。

 

上り坂か下り坂のどちらかです。平たんから下り、のぼりからもありました。

 

車道を走ります。そのことは重要です。

ぐずぐずしていると大型のダンプカーやトレーラに自転車が巻き込まれ

旅行どころでは なくなるからです。

自転車道や人道があったのかもしれませんが若さで乗っていきました。

下り坂です。だから自転車で35~40キロくらいで走れたんです。

車両の時速はわからないのですが

ほぼ並行して走っていました。

バックテールランプをちかちかさせながら。

 

 

長い長い下りのトンネルが、逆だったら恐ろしい。

トンネルの名前はたぶん「笹子トンネル」だと思います。

10年以上前になるでしょうか。

このトンネルで天井が崩れ落ちてたくさんの方がなくなりました。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

山場のトンネルを抜けたら後はスイス。

(笹子トンネルではありません。イメージです。)

 

何か足らないんじゃないの「イ」が。

変な奴だねホントに。

山を下って次にどこに泊まったのかは全然覚えていますん。

 

駄目ね。伊妻は。年取ると何もかも忘れちゃうんでよね。

昨日のお昼は何食べた。

「えーとえーと。」

情けないね。

給食に出たおでんとごはんでしょう。

「あーあ―そうそう、練り物のミートボールがおいしかった。」

 

「でもなんでそれをしってるの。」

「献立表を見たからさ。」

 

山を越えたら街中です。

「でなにかい。」

「楽なことは忘れて、苦しかったこと、

 

必死だったことって よく覚えているかい。」

 

  

         (武田城跡)

 

「人間の運命は紙一重。」「どっちに転ぶか、やってみないとわからない。」

 

江戸時代の甲州街道は、たぶんトンネル辺りの、山越えがきつかったでしょうね。