皆様こんにちは。
前回は「3年開拓、2回変革した欧米市場の物語(上)」を皆様に分ち合いましたので、今日は続いてこの物語の(2)を話します。
最後の一ヶ月に対して私は精一杯頑張てきました。業績がないと他の事業部に動員されるしかありません。簡単に諦めたくないので絶対良い業績を出すように決心していました。
なので、このドイツお客様は私最後の命のわら見たいです。客様からの褒めメールにより希望が再び燃え上がて来ました。絶対、この千載一遇のチャンスを掴みます。
お客様と深く交流した後、このchongchuang3まま、見積もり依頼及びPO発行します。「もっと詳しい情報を提供していただけませんでしょうか」との問い合わせが有っても、十日間若しくは半月後回答してくれ、偶には返信もしてくれませんでした。日系企業の仕事真面目さ及び図面情報の詳しさと比べて不思議だと思われました。その上、チイーム内部は別の声を上げてきてました。POを受注しても加工実施できませんので、私はみんなの笑い話になりました。
みんなが手も足も出ない時、会社は新しい部門「技術部」の設立を決めました。設計もできる技術者を何名募集しました。
ちょうどいい時に技術部の設立は欧米市場に援助の手を差し伸べてくれ、やっと図面問題を技術者に任せることができると思ういました。成立したばかりの技術部もこういう欧米客様が手の施しようがありません。設計問題じゃなくてほどんとは寸法及び一般公差は提示していませんので、簡単に技術部解決出来ることではありません。お客様は全く顧みなく、このままでPOを製作するか、とれとも制作を諦めますか。この状態で生産した部品は加工不良が発生し、生産部と技術部は言い争いが何回も発生しました。ものづくりの標準もなくて、設計図の情報も詳しくないので、技術者の仕事量が多くなり、こういう客様を辞めたいと酷く言われました。
私も結構悩んでいました、一面は開拓3年諦めたくない欧米市場、一方面は技術部と生産部の不平を言うこと、その気持ちは辛くて上の人に支援を求めせざるを得ない。
最後の欧米市場の運命はどうなるのか。次は「閉められた欧米市場どう開拓」にご期待してください。

