初の仏画展を終えて | しょうかんのうだうだ

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仏絵師藤野正観(66)の備忘録・・・っといっても、ほとんどどこにも出かけないので、ふだん、ぐだぐだ思ったり考えていることを書き連ねることになるのは必至。

昨年、十月十日より十一月三十日の五十日間の長期にわたり、私の郷里に近い滋賀県・秦荘町歴史文化資料館において、資料館主催「矢取地蔵縁起絵巻完成披露・現代の仏画・藤野正観の仕事展」と題して私にとって初めての個展が開催された。

「矢取地蔵縁起絵巻」制作に関しては、本紙十月二十日付中外アートに詳しく掲載されたのでここでは省略させていただく。
絵巻き制作期間中、発願者代表の収入役をはじめ、町役場の各担当の方々が私の工房に足繁く通われ、二年掛かりで制作中の「両界曼荼羅」など他の「仏画」をご覧になり、今回の「矢取地蔵縁起絵巻」の完成披露展で、私のふだんの仕事内容も一緒に紹介しようとなった訳である。

手持ちの「仏画」だけでは、会場を充実させることができないので、まことに身勝手な話だが、 過去に「仏画」を納めたご寺院や在家に、ご無理を願いお借りした。今回の為に新しく制作した数十点を含めると、自分で言うのも気が引けるが、仏画総数五十二点のりっぱな展示内容となった。

会場は、湖東三山の一つで古刹・金剛輪寺の山内に有り、紅葉を楽しむお参りの人々にも鑑賞して頂けた。仏画展を開催するにはおあつらえの会場であった。
しかし、田舎のことでもあり、交通の便悪く、ご案内を差し上げた方の中にも、ご来場戴けない方が多数あったことも事実で、多少悔いが残った。

私が、会場に居たのは、週に二日だけだが、それでも、「この仕事に巡り会えてよかった」と実感させてくれたシーンが幾つかあった。

今も、眼に焼き付いているのが、祖父らしき老人と一緒に鑑賞していた小学校四年生ぐらいの少年が、「二河白道図」の前で我を忘れたように釘付けになっていた後ろ姿である。
私の少年期を見ているようで、声もかけられなかった。印象的であった。
また、中年の女性が、「山越阿弥陀図」の前で手を合わせ、眼に涙を溜めておられたこと。
「地蔵菩薩像」の前から動こうとしない若い女性。

このように、作品を超えたところで感動されると、制作者である私の存在など申し訳なく、声もかけられないものである。
また、五年もの間、仏画の勉強をされていたある僧侶が、描き方の伝授を求めて来られたり、たまたま会場に入り、感動され、会期中に二度・三度と足を運ばれた方々の気恥ずかしくなるほどの賛辞など――。
仏画に出会って十四回目の正月である。この方たちの為にも精進しようと決心を新たにした。
仏画工房 楽詩舎
仏絵師 藤野正観


一月十日・午前五時~「宗教の時間」(日本テレビ系列)に、正観氏が出演される予定です。