米をたくのを忘れていた。
「あ、やばい」と思ってボタンを押す。
早炊きにする。
でも、表示は40分。
40分。
どんなに急いでも、
どんなに焦っても、
40分は40分。
炊飯器は、こちらの事情をまったく忖度しない。
いい。
実にいい。
洗濯も同じだ。
うちのビートウォッシュ。
早回しモードで26分。
26分。
人生は短いのに、
洗濯はちゃんと26分かかる。
脱水を短くしても、
時間はそれなりに流れる。
家事を始めて3年。
相変わらずバタバタしている。
アラフィフのオヤジが、
米と洗濯に振り回されている。
若いころは、
時間をコントロールしている気でいた。
スケジュールを詰め、
会議を動かし、
プロジェクトを回し。
でも、米は動かない。
洗濯も動かない。
「あとからできない」という世界がある。
あとから炊けない。
あとから洗えない。
いま押さないと、
いま始めないと、
普通に時間が足りなくなる。
当たり前なのに、
おとずれるうっかり。
または、ボタンをおそうとした瞬間に
入り込む他のタスクで遮断されて、記憶が混線する
たぶん、人生も似ている。
あとから言えない言葉。
あとから渡せない時間。
あとからできない選択。
早炊きはある。
でも、0分にはならない。
今日も、米をたきながら思う。
ムカシ・イマ・ミライ。
ワガヤとセカイのあいだで、
炊きあがりを待つ。
きょうも、ふんわりもっち。