南ぬ島にて ~新春石垣島探鳥記~ その7 (^^ゞ | 三歩進んで、二歩下がる

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健康のために毎日1万歩は歩くようにしています。
2019年末からウォーキングのかたわら野鳥の写真を撮っています♪

 

 

 

波照間島へ

 

 

 

こんにちは。

 

 

 

 

石垣島三日目の1月14日には、波照間島へ日帰りで行ってきました(^^)/

 

 

 

波照間島は八重山諸島最南端、ということは沖縄県最南端、そして一般人が旅行で訪れることができる日本最南端の島です。

 

石垣島からは南方に約60km離れている約13平方キロの小さな島です。

 

 

 

実は昨年4月に小笠原諸島に行こうと思ったときまで、一般人が訪れることができる日本の最南端は小笠原諸島の母島だと思っていました。

 

 

ところが調べてみると、

 

母島=北緯26度7分

沖縄本島=北緯26度00分

波照間島=北緯24度3分

 

 

 

母島は沖縄本島よりも北にあり、日本の最南端は波照間島だと知りました。

 

 

そのときから、この次に石垣島に行くことがあれば、波照間島にも行ってみようと決めていたのです(^^ゞ

 

 

 

石垣島から波照間島へ行くにはふたつの方法があります。

 

ひとつは石垣空港から飛行機で行く方法ですが、週に3便しか飛んでおらず、往復飛行機だと日帰りは難しいようです。

 

 

もうひとつが石垣島の離島ターミナルから発着するフェリーで行く方法で、一日往復2便が出ており、これなら日帰りも可能です。

 

 

 

調べてみるとフェリー会社では、往復チケット+島内観光バス+昼食という日帰りパック旅行を販売しており、今回はこのツアーを利用して波照間島に行ってきました(^^)/

 

 

 

ちなみに料金は次のとおりです。

 

フェリー片道=4,070円

フェリー往復=7,830円

フェリー往復+昼食付観光ツアー=15,100円

事前にネット予約すると13,590円でした(^^)/

 

 

 

 

 

自分は旅行の数日前に天候をチェックして、「この日なら大丈夫そう」という日(1/14)を選んでネット予約しておきました(^^♪

 

 

 

当日は離島ターミナルのフェリー会社のカウンターで代金を支払い、チケットを受け取りました。

 

 

チケットは出港時、バスに乗るとき、昼食時、帰りのフェリーに乗るときと、一枚ずつ切り離すようになっている昭和チックなものでした(^^ゞ

 

 

 

 

 

出港前、離島ターミナルの具志堅用高氏の像に航海の安全を祈っておきました。

 

 

 

 

 

これが今回乗った「ぱいじま2」です。

 

高波に強いとされている双胴型の大型船です(^^)/

 

 

 

出港は朝8時、波照間港着は予定通り9時50分でした。

 

デッキはありますが航行中は出られないようなので、1時間50分のあいだ、ずっと座席に座ってました。

 

 

 

「かなり揺れる」と聞いていたのですが、昨年10月の飛島航路(復路)に比べれば、たいしたことないなという感想でした(^^ゞ

 

 

 

 

 

港には、今回お世話になる観光バスがすでにスタンバイしてくれていました。

 

 

この日の乗客は自分を含めて6人でした。

シーズンオフなので、こんなものなのでしょう。

 

 

内訳は自分と同年配のご夫婦がひと組、50~60代と思われる単身男性が3人、そして自分でした。

 

 

島にはレンタサイクルなどもあるので、若い人にはあまり人気がないのかもしれません(^^ゞ

 

 

 

 

バスにはちゃんとガイドさんも乗っています(^^ゞ

 

 

 

 

ガイドさんは、中世の物見台とされるコート盛(下車せず、写真なし)を皮切りに、ゆるやかに説明してくれて、島の集落に入っていきました。

 

 

 

有名な泡盛の販売所だそうです。

沖縄本島や石垣島では手に入らないそうで、左党の方たちは購入していました。

 

 

 

 

小学校と中学校がひとつの校舎になっていました。

もちろん生徒さんもいました(^^ゞ

 

高校はないので、中学を卒業すると、皆さん島を出ていくそうです。

 

 

 

 

郵便局です。

 

ここの窓口で手紙を出すと「波照間島」の消印を押してもらえるそうです。

 

 

 

 

空港も観光名所になっていました(^^ゞ

 

 

 

 

 

ちょうど石垣島からの便が着いたところでした。

 

石垣島~与那国島を飛んでいる機体よりも小さいですね。

飛行機でなくフェリーにして良かったと思いました(^^ゞ

 

 

 

 

波照間灯台です。

 

波照間島はお椀を伏せたような形をしているので、海岸ではなく、島の中央にあたる場所に建っていました。

 

中には入れないのでバスの車内から見ただけです(^^ゞ

 

 

 

ここまでは前座のようなものです。

 

いよいよ自分が一番行ってみたかった「日本最南端の碑」のある高那崎城岸に向かいました。

 

 

 

当然ですが、島の南側にあります。

 

 

海岸はこんな感じでした。

 

大変そうなので、波打ち際までは行きませんでした(^^ゞ

 

 

 

 

竹富町が設置した「日本最南端平和の碑」は駐車所からすぐのところにありました。

 

 

 

その先を進むと、

 

 

ありました。

これが「日本最南端之碑」です。

 

1970年、当地を訪れた学生さんがアルバイトで貯めたお金で建立したそうです。当時は日本返還前だったのに占領軍は黙認したということなんでしょうか。そのあたりはよく分かりません(^^ゞ

 

彫られている文字はその学生さんの書いたものだそうです。

 

 

 

 

 

せっかくなので記念撮影(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この海岸からは塩害で使えなくなったという天文台も見えていました。

 

稼働していれば観光資源となるでしょうに残念ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このあとは、北の海岸に向かいました。

 

 

波照間島で一番美しいとされる「ニシ浜」です。

 

北岸にありますが、たぶん港の西ということで「ニシ浜」なんだろうと思います。

 

 

波照間島で唯一の海水浴場だそうですが、1月ではまだ泳げないようで、海には誰も入っていませんでした(^^ゞ

 

 

 

 

 

ハテルマブルーの海を堪能してください(^^ゞ

 

 

 

ここまでで約2時間です。

 

このあとは昼食会場へ向かいました。

 

 

ツアーは「お弁当付き」となっていたので、パックに入ったお弁当が配られるのかと思っていましたが、食堂で作り立ての八重山そばとジューシー(炊き込みご飯)のセットをいただきました。

 

ずっとコンビニ弁当ばかりだったのもあって、大変美味しかったです(^^ゞ

 

 

 

 

 

さて、時刻はまだ12時半くらいですが、バスツアーはお昼ご飯をいただいて終了です。

 

 

このあとバスは港に戻り、帰りのフェリーの出る16時30分までは「自由時間」ということになっていました。

 

 

 

 

 

 

この約4時間を利用して自分は鳥さんを撮影しようと決めていました(^^)/

 

 

以下、波照間島で撮った鳥さんです。

 

 

と言いながら、バスで巡っているあいだ、「鳥さんは少ないな」と思っていたので極少です(^^ゞ

 

 

波照間島ではカラス(亜種オサハシブトガラス)だけは目についていました。

 

 

ニシ浜で観光客から「なにか貰えるカー」とスタンバイしていた個体です(^^ゞ

 

 

 

 

 

この個体は、日本最南端之碑の近くで風に立ち向かっていました(^^ゞ

 

 

 

 

 

今回は石垣島では目にしなかったシロガシラです。

 

ひどい写真ですが、あまりに少ないので載せてみました(^^ゞ

 

 


 

波照間島の島内はこんな感じです。

 

 

サトウキビ畑が広がっているのは石垣島と変わりませんが、電柱、電線が見当たりません。

 

 

 

 

波照間島にはハブがいないので、道の端っこにも近寄れました(^_-)

 

 

 

 

サトウキビ畑からミフウズラでも飛び出してこないかと思ったのですが、そんな僥倖には恵まれませんでした(^^ゞ

 

 

 

 

 

マップにあった大きなため池に来てみました。

 

ガイドさんが「カモがいっぱいいますよ」と言っていたので期待したんですが、池の中央にキンクロハジロが30羽くらいかたまっていました(^^ゞ

 

 

なんとか撮れたのは、

 

 

近くに来てくれ、やっと撮れたハシビロガモ♂

 

 

 

 

 

1羽ぼっちだったアオアシシギ。

 

 

 

 

こちらも1羽ぼっちだったコサギ。

 

 

 

 

 

3時間くらいは歩こうと思っていたのですが、2時間でギブアップしました(^^ゞ

 

 

 

気温は25℃くらいあって、暑かったです(+_+)

 

 

 

 

 

お見送りはヤギさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ「南波照間島の伝説」

 

 

今から四百年ほど前のことです。そのころ、波照間島ははるか北東の沖縄島の王府に支配され、毎年、貢(みつぎ)を取られていました。

 

ある年、不作になり島人たちは窮したあまり、全員で島を抜け出すことを決めました。

 

やがて貢取りの大船が役人の一団を乗せてやってきました。島じゅうの人びとは総出で接待し、酒を飲ませました。

 

夜になり、役人たちが酔いつぶれたとき、島人たちは息を殺して会場を忍びだし、船着き場に集まって貢取りの大船に乗りこみました。

 

大船はそのまま出航し、試案人たちは誰ひとり戻ってこなかったそうです。

 

伝承によると、島人たちははるか南方の南波照間島に移住したということになっているそうです。

 

 

もちろん波照間島よりも南にそんな島はありません。でも、面白い話だと思いませんか?

 

この話は、故司馬遼太郎さんの『街道をゆく6 沖縄先島への道』に載っていました(文体を変えて要約しています)。

 

司馬さんは、「もしかしたら当時は、はるか昔、自分たちの祖先は南方の島からやってきた、というような伝承が残っていて、祖先の地に帰ろうと島民がそろって申し合わせをした、ということなのかもしれない」と書いています。考古学的な話ではなく、司さんの空想ですが。

 

 

 

 

その8(総集編)に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本最南端のチュンズ

 

 

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございましたm(_ _)m