帰り道@北九州

テーマ:
今日はコトカラ@北九州


朝から
6時半には出発したかったのに


息子1年生が


グズグズ
ダラダラ


たしかに
疲れてるよね

朝って
起きるのつらいよね


思っていたけど



息子



お母さんについて行きたい ボソッ


じゃあついてくる?


やったぁ


飛び起きて準備する





娘を保育園に預けて
高速に飛び乗る

いゃ車は飛ばないけどね




やりたい事があると
動くタイプなんだな

そう
息子は尻を叩いて動くタイプではない
馬の鼻先に人参タイプなのだ


今回の人参は
私の仕事について行く



だったんだなぁ



今回は

いつもの顔



を次女に頼んだら


がついていて



次女のセンスも好きだなぁと
1人で胸がキュンキュンしていました







帰り道



お母さん
今日喜ばせたんだね



どうして
喜んだって思ったの?


だって
笑ってたから



笑っていた人いたの?


いや
笑っていたのはみんなだよ
だから
もっとお母さんはやった方がいいんだなって思った


ん?何を?


ん〜唐揚げとか
みんなを笑わせて喜ばせるの
お母さんも頑張ってね




上の子たちが寝てしまってから



2人でそんな事を話しながら



じんわり涙が出てきた




今日北九州で話したの


ちょうど1年前食べる会を予定していたけれど

1年前はいつ会えるのかさえわからなくて
命が無事だっただけで良かったと
話していたと

そう

こうやって
みんなの前に立てる事すら
ありがたい


私を待ってくれた人との時間
待っていてくれた人からの言葉


子どもたちとの時間
子どもたちからの言葉


思う度に胸いっぱいになる



今度は夕陽を見たらまた胸いっぱいになるだろうな


長女を出産してから

ケミカルなシャンプーは使った事がなく
海外の個人輸入なんかで
オーガニックのものを使っていました


昔は種類も少なく
日本のそれよりはいいものが多かったですが
なかなかこれといったものには
当たりませんでした



今は山口のかみゆいさんのシャンプーのみ!!
髪にもいいし
香りが自然で良くて

今となっては
リンスがいらないのもありがたい



オーナーの片山さんが
とってもおもしろい方で大好き

熱くおもしろい方です

オファーされてる!
行きますよ〜〜
そうそう

これが
私の原点


仕事をしたいと思う理由


お料理に時間がかかる事が悔しかった

お金が思うようにかけられなくて

思うように笑ってあげられなくて


子育ては想定外の事だらけだった



それでも

子育ては私を私らしく
幸せに導いてくれた


子どもたちはギフトなのだ
子育てができる事は
私の幸せの源泉



1人1人のギフトに気づく途中に立ち会える事に
喜びを感じる
朝から保育園に送りながら


娘が言った


あ〜〜お母さん
今日の太陽ちょうどいいね〜〜


って



どういう意味だろう


太陽にちょうどいいって



確かに
私達は良いとか
心地いいとか
気持ちいいとか
お天気とか
暖かいとか
ありがたいとか言うけれど



ちょうどいいって


なんか
すげぇな




どこかで対等になれず

遠くにしてしまうのは自分なんだな



自分にとってのちょうどいい

また
1つ私のテーマをひよりに教えてもらったな



私は私の世界の中で


ちょうどいいにチャレンジなってみよう


きっと目指すものではなく
感じるだけなのだろうな



目指すものは遠く
感じたものだけがここにある


感じるために体験し
生きるのだ




私のちょうどいいはどれだろう
ひよりを抱きしめた時のサイズ感かなぁ


うん
きっとあれが
ちょうどいい
これ
なぁんだ?



コトカラのあれんじに出てきた


これ


カブです



カブを切って塩をふっただけ




よく考えると

唐揚げのあれんじと言うよりは



添えたらいいよね笑



お料理ってのはたくさんの概念を貼り付けられる事が多いが




盛り付けもそう



キレイな盛り付け
美味しそうな盛り付け
がいい

いい?


味が良ければいい?




何が良いかは人それぞれ



キレイな盛り付けに喜びを感じる人

キレイにできなければいけないと思う人

大盛りに愛情を感じる人

などなど
良いか悪いかは人それぞれ




そして

映えする事がいいのか

家族が見ればいいのか


お料理の腕なのか
写真の腕なのか




もはや

何が目的なのだろう



私たちは自分の満足と他人の満足を融合させながら生きている


同じものばかりではなく


違うからこそ楽しい事もあり


不思議だ




ただ
1人だと
満足はしにくい



食べるって事は1人じゃない



いや



食卓に着く人数の事ではない



食材だ




たくさんの手がかかり
命を繋いできた食材が必ずいる



いただきます



そう言うだけで1人じゃない



そんな風に思える



自分に捧げられた食材を前に
愛を感じられたら



あの時の悲しかった事も
悔しかった事も
できなかった事も
恨んでしまった事や
言い過ぎてしまった事も



全部
ぜーんぶ



それでいいんだよ



言われているような気がしないかな?




食べたら


便として出て行くのに



育ち捧げられた食材達の愛
食材に関わった手の数を想うと



自分の身体も愛おしい



ありがたい





そう言えば


盛り付け



切っただけのカブは
堂々と唐揚げに負けずに主張している



そのままでいいと



添えるにはもったいない存在感