じめじめとむし暑い毎日が続いています。

 

梅の実のなる頃に降る雨、あちこちで梅やしそを目にします。
 
梅雨にはいりましたね。
 
雨が続き何となくゆううつになりがちですが、気持ちだけでも晴れやかにこの一ヶ月乗りきりたいものです。
 
とは言うものの毎日のように暗くひどい、本当に身勝手な事件、事故がニュースで流れます。
 
誰でもいいから傷つけたい、、と今まで安全と思われていた新幹線の中で死傷事件がおこりました。
 
夢は自殺だったとか、、自殺どころかむしゃくしゃして同じ車両に乗り合わせた人にいきなり切りつけ女性を助けようとした勇敢な男性を何度もさし命を奪いました。
 
健康のためにとジムに通っていた何の罪もない若い看護師さんが見知らぬ複数の男の人たちに連れ去られ殺され山中に埋められ発見されました。
彼、彼女はこれからまだまだ生きられただろう大切な人生を突然奪われさぞ無念でしょうし突然大切な人をなくした家族の悲しみはいかばかりか、、、
 
何の落ち度もないかわいい5才の女の子はあまりに身勝手な理由で名ばかりの親に虐待をうけその短すぎる生涯を残酷なまでに無理やり終わらされました。
 
私たち人間の中にそんな恐ろしい心がひそんでいるのでしょうか、、
 
犬でも種が違えど母親のいない仔猫を母性が芽ばえ育てることもあります。
 
自力でまだ生きていけない、親を頼るしかない小さな子供を、寒空に水をかけてベランダにだす!
 
殴る蹴る!外出もさせない!重度のしもやけのあと、顔や体の多数のあざはどれだけ痛く辛かったことか、、
 
食事もろくに与えない!体重は平均にも全然足りずガリガリ、内臓は極度のストレスと栄養不足で五分の一に萎縮してしまっていたとか。
 
本当ならかわいいさかり、普通ならおいしいおやつやご飯を大好きな両親に甘えながら笑いながら、お腹一杯たべれます。
 
休みの日には遊園地や動物園に家族で遊びにいけれます。
 
写真もたくさんとって楽しい思い出もたくさんできていくはずです。
 
それを何一つ叶わぬまま亡くなってしまいました。
 
何のために生まれてきたのでしょう、、彼女の生きていた意味は何だったのでしょう?親は選べません。
 
一生懸命覚えたひらがなで書き残した悲痛な手紙はあまりにむごく、気の毒でなりません。
 
かわいそうだけで、関係ない話で済ませてはいけないと思います。
 
まわりにこれだけ大人がいて 、どうしてその大切なまだ幼い命を守ることができなかったのでしょう?
 
大人としての責任を感じ本当にせつなく胸のしめつけられる思いがしました。
 
何回も暴力で逮捕しても不起訴になりその恐ろしい父親を家庭に戻した警察の責任は?
 
訪問に行っても関わらないでと虐待がばれるのを嫌がる母親に言われ会わせてもらえなかったとその予測できる当然な応対にそれでおわらせたしまった児童相談所の責任は?
 
尋常じゃない泣き声をずっと聞いていた、それでも見過ごしていた近所の大人たちの責任は?
 
事件が起きてしまってからやることはやりました的な言い訳をもう何度繰り返したらこういう事件はなくなるんでしょうか。
 
向けるべきは小さな命、救える方法ではないでしょうか?
 
一番大切なことは自分たちの保身ではありません。
 
難しい壁やプライバシー、法の限界はあるのでしょうがそれでも何とか連携協力して守る!ことです。そう思いませんか?
 
相談所にもう少し権限をもたす、親権をうばう、予算や施設の問題も多くあるのかもしれませんがそれを変えようと声をあげることはできないんでしょうか、、
 
私たちの一生懸命働いて支払う税金はそういうところに少しでもつかっていただけないのでしょうか、、
 
無駄に使われていると感じることはたくさんありますが、職員が足りない、預かる所がない、、
 
ならまずこれから将来を担う大切な宝である子供たち、いろんな事情で両親に育ててもらえないような弱い立場の子供たちのためにつかってもらえるなら、私たち社会人として間接的ですが一生懸命働いて社会貢献ができます。
 
何もしなければ何も変わりません。
 
責任という、とても深い意味を考えさせられました。
 
あの小さな命を守れなかった大人としての責任、そして心からの冥福を祈らずにはいられません。
 
私たちにも何かできることはないのかを真剣に考えることはとても大切なことです。
 
あのかわいそうな小さな女の子の、また女性を助けようとなたを振り回す犯人にむかっていった勇敢な男性の、
多くの無念で本当に理不尽で残念な死を無駄にしないためにも、こういう事件が二度と起こらないように願うばかりです。