天璋院篤姫は、1836年2月5日に
薩摩藩島津一門として 生まれた。
その後、島津本家の養女となり、
第13代将軍徳川家定に嫁いだ。
ところが、結婚後わずか2年で
徳川家定は 病死。
2人は子供を授からなかった。
その後、島津斉彬も病死。
篤姫の心は いつしか
徳川家を守りたいという気持ちに
変わっていった。
新政府軍の西郷隆盛に
「江戸城を攻撃しないでほしい」と
頼んでいる。
ペリーが日本に来た時、
篤姫に足踏み式ミシンを贈り、
篤姫はミシンを上手に
使いこなしたという。