皆様いつもご拝読ありがとうございますm(_ _)m
Fujihana事白血病患者の王です。
ゴールデンウィークも終わりしばらく大型連休はありませんが…
今年は数年ぶりに羽目を外して楽しんだ方が
多くいらっしゃるのでしょうかね
それはさておきヽ(・∀・ヽ)(っ・∀・)っポン
暦の上ではもう過ぎていますが…
今日は5/10日は何の日でしょうか?
←(。-`ω´-)ンー愛飲ドリンク「リプトン」の日かな
はい!正解です。
❣️❣️٩(๑´꒳ `๑و)イエーイ💕💕
と言いたいところですが…
今回はトーマス・リプトンの誕生日でもあり
世界最大規模の紅茶ブランドの「リプトン」を展開している
ユニリーバ・ジャパン株式会社が制定した日
でもありますが…
今回のテーマでは無いです。
ヒントは
カーネーション
で皆様もうお分かりですね。
←(。´・ω・)ん?今年は第2日曜日の5/8日だよね
もう過ぎてるじゃんどういう事よ?
決して忘れてた訳でもないんですが…
色々な事情で遅れてしまったなんて事もあるかも知れませんが…
そう皆様は贈りましたか?
母の日のプレゼント
今は色々商品が各企業が色々出しておりますが…
事の始まりで色々説はありますが…
その1つとして有力だと言われているのが
アンナの母親であるアン・ジャービスは、かつて
アメリカの南北戦争で負傷兵のケアを行っていました。
この女性は負傷兵の衛生状態を改善する
「マザーズデー・ウォーク・クラブ」を立ち上げ、
敵兵のケアも献身的に行っていたとされています。
←∑(๑º口º๑)!!これぞ慈愛の心で命を救うのに敵も味方も分け隔てない心を持った偉大な方だったんですね( ᵕ̩̩ㅅᵕ̩̩ )
アンが亡くなった2年後の1907年5月12日に、娘のアンナは亡き母を追悼する会を教会で行い、
母が好きだった白いカーネーションを参加者に配りました。
これが「母の日」の起源と言われており、アンナの行動によって白いカーネーションが母の日のシンボルと認識されるようになりました。
アンナの母への想いに感動した人々は、母をおぼえる日の大切さを認識し、1908年5月10日に同教会に
470人の生徒と母親達が集まり最初の「母の日」を祝った。アンナは参加者全員に、母親が好きであった
白いカーネーションを手渡した。このことから、白いカーネーションが母の日のシンボルとなった。
アンナ・ジャービスは友人たちに「母の日」
を作って国中で祝うことを提案。
この事から
白のカーネーションは
「亡くなった母親のための花」として贈られるようになった。
母の日が始まった頃にシンボルとされていた、白いカーネーションの花言葉は「私の愛情は生きている」や 「尊敬」です。亡くなった母親をしのんで贈る花の定番として有名なカーネーションなのです。
赤のカーネーションは
「生きている母親のための花」として贈られるようになったのです。
赤いカーネーションの花言葉は、「母への愛」や
「母の愛」、「純粋な愛」「真実の愛」などです。
カーネーション各色の花言葉のなかで、最も直接的な
母親への想いが込められているそうです。
その他にも
ピンクのカーネーションは
「感謝」や「気品」「温かい心」「美しい仕草」 です。
赤のカーネーション同様母の日にはぴったりな花言葉になってます( *¯ ꒳¯*)✨
ただ注意して欲しい花の色のカーネーションもあります。
それは
黄色のカーネーションです。
花言葉は「軽蔑」や「嫉妬」です。
嫌な女や浮気相手に送り付けるのはありかも(¬∀¬)ニヤ
まあ他にも色々ありますが…
母の日に贈る花としては用途に合わせて贈るのがいいとは思いますが…
1番は気持ちが込められている事が大事なので
母への労いの日として感謝の気持ちが何よりも大事だと思いますので
ご存命なら赤やピンクか青がオススメ
お亡くなりになっているなら
偉大な母アン・ジャービスの好きだった
白がオススメですが、紫も白同様に亡き母を偲ぶ花として使用されるそうなので是非とも選択肢のひとつの参考として頂ければ幸いです。
改めて
母へ
10代の頃からこの病気と一緒に闘ってくれてありがとうございます。m(_ _)m
色々あったけどここまで生きて来れたのも
物凄い地獄の様な20代を心が折れてぐちゃぐちゃになった私でも母がこの白血病の闘いを始めた初期に言ったある呪いの様な言葉が
今でも現世に繋ぎ止めています。
それが無ければ私は疾うの昔に生きる事を諦め
堕落した人生を送っていたと思います。
なので今私は苦痛に耐え頑張る事しか出来ないけど
いつか病気が落ち着いたら恩返しするから
待っててね。
では今回はここまで
皆様もよく言われる
「親孝行したい時には親はなし」
なんて言う言葉もありますが…
親が達者なうちは、親の苦労や有り難みになかなか気づけず、それに気づく頃には親がこの世にいなくなっているもの
と言う意味で親孝行が出来るうちにしておかないと
明日の命は当たり前にある訳では無いということを
皆様には今一度考えて欲しいものです。
では次回へ…続く
Fujihanaでした。