今年の夏は長い酷暑になりそうで、

せめて、気持ちだけでも涼をとれればと、

久々に「細雪」(谷崎潤一郎)をひもといてみた。

 

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毎年の例として、彼女達は土用になると食慾が減退して

「B足らん」になり、夏痩せをするのであるが、

分けても平素から痩せている雪子の細り方は著しかった。

彼女は今年は六月時分から脚気が起って

なかなか直りそうもないので、一つはそのための

転地療養をも兼ねて出て来た訳であったのに、

此方へ来てから一層脚が重くなったので、

絶えずベタキシンの注射を姉や妹にして貰っていたが、

幸子や妙子も皆多少ずつその気があるので、

お互に注射をし合うのが、

近頃での日課になっていたと云ってもよい。

幸子は疾うから裸の背中が見えるような、

後ろの割れたワンピースを着ていたが、

七月も廿五六日頃になると、

雪子の洋服嫌いまでがとうとう我を折って、

観世縒りで編んだ人形のような胴体に

ジョウゼットの服を着始めた。

 

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観世縒り――和紙でできた人形みたいに厚みのない体、

とは、なんと魅力的な形容だろう。

なお、上の文章は中巻からの引用だが、

上巻には、もっと具体的な描写がある。

 

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暦の上では秋に這入っているのだけれども、

この二三日暑さがぶり返して、土用のうちと変らない

熱気の籠もった、風通しの悪い室内に、

珍しく雪子はジョウゼットのワンピースを着ていた。

彼女は余りにも華奢な自分の体が

洋服に似合わないことを知っているので、

大概な暑さにはきちんと帯を締めているのであるが、

一と夏に十日ぐらいは、どうにも辛抱しきれないで

こう云う身なりをする日があった。

と云っても、日中から夕方迄の間、

家族の者達の前でだけで、

貞之助にさえそう云う姿を見られることを厭うのであるが、

それでも貞之助は、どうかした拍子に見ることがあると、

今日は余程暑いんだなと、心づいた。

そして、

濃い紺色のジョウゼットの下に肩胛骨の透いている、

傷々しいほど痩せた、骨細な肩や腕の、

ぞうっと寒気を催させる肌の色の白さを見ると、

俄かに汗が引っ込むような心地もして、

当人は知らぬことだけれども、端の者には確かに

一種の清涼剤になる眺めだとも、思い思いした。
 

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義兄の眼に映る、骨々しさや肌の白さ。

それは清涼剤であるとともに、

酷暑を知るバロメーターでもあるところが興味深い。

 

とはいえ、雪子は健常レベルの痩せ姫なので、

これがもし本格的な痩せ姫なら、その涼感はさらなるもの。

そんな魅力を「細雪」に倣って描いてみたいとも思う。

何せ、今年の夏は長い酷暑になりそうなので。