5月10日。
NHKで『岸辺露伴は動かない』の最新作『密漁海岸』が放映された。
なのに忘れていてその日はそのまま寝てしまった。
今朝起きてからそれに気づき、NHKプラスで早速見た。
あらすじはこんな感じ。
岸辺露伴は家の近くにひっそりとオープンしたイタリアンレストランで
客の体の悪いところを改善させる不思議な料理を提供するシェフのトニオと出会い、
どんな病気でも治してしまうという伝説のヒョウガラクロアワビの密漁に
巻き込まれていく──
本当は今日はブログお休みする予定だったのだけれど、
これを見た後でふとあることを思い出したので記事を書くことにした。
それは鮑(アワビ)にまつわる伝説なのだけど──
たしか…
九穴の大鮑
(くけつのおおアワビ)という伝説の鮑だったと思う。
そのことがポンと浮かんで来たのでメモがてらに記録しておくことにした。
九穴の大鮑とは──
竜宮城に住んでるという非常に大きな鮑。
但州朝来郡(兵庫県朝来市)の赤淵神社の縁起物語に登場する。
異賊征伐の途中で嵐に遭った日下部表米(くさかべのうわよね/ひょうまい)の軍船を
たくさんの鮑が救ってくれたという。
キーワードは3つ──竜宮城、赤淵神社、そして日下部表米である。
まずは日下部表米から。
日下部表米は飛鳥時代の人物で、日下部宿禰とか表米宿禰ともいう。
孝徳天皇の末裔と言われ、表米親王とも呼ばれる。
日下部氏の始祖とされる人物──日下部。わたしはコレに反応してしまった。
日下部氏というのは
浦島太郎の一族である。
九穴の大鮑は竜宮城に住んでいる。
竜宮城と言えばもちろん浦島太郎、である。
そして赤淵神社。
赤淵神社があるのは兵庫県朝来市(あさごしし)。
市街地から少し離れた牧田地区に、
但馬国造一族の日下部氏が奉納する赤淵神社が鎮座する。
赤淵神社の祭神は赤渕足尼神・表米宿禰神・大海龍王神。
赤渕足尼神──これはなんと読むかは分からなかったが、
赤渕足尼神も表米宿禰神もどちらも日下部氏の始祖であることは確かなようだ。
大海龍王神とは海の神のことだろう。
この赤淵神社には不思議な鮑伝説がある。
大化元年(645年)頃、日下部氏の始祖・表米宿禰が、
日本に来襲した新羅の軍船を丹後の白糸浜で迎え撃った時のこと。
逃げる敵を追撃していると嵐に襲われて船が沈みそうになった。
するとその時、海底から無数の鮑が浮き上がり、それによって船は助けられた。
帰路、逆風が吹いたが、再び無数の鮑が船を持ち上げて事なきを得たという。
さらに美しい船が現れ、表米宿禰の乗る船を先導してくれた。
そのおかげで彼らは丹後の浦嶋港にたどり着くことが出来たのだ。
表米宿禰は怪しく思い、美しい船の船内を調べたがそこには誰も乗っておらず、
ただ竜宮城に住むという大きな鮑だけが光っていた。
表米宿禰は「これは海神の加護に違いない」と大鮑を大切に持ち帰り、
神社を建ててこれを祀った。
以来、赤淵神社の祭礼には鮑神事が行なわれ、
この近隣では「鮑を食べてはならない」という風習が伝えられている。
日下部の始祖を救った無数の鮑。
おそらく表米宿禰たちを先導した美しい船は、竜宮城から来たのだろう。
これが丹後の『浦嶋子伝説』にも繋がるのだ。
美しい船に乗っていた『光る大鮑』は竜宮城に住む『九穴の大鮑』のことだろう。
九穴の大鮑と言えばこんな伝説もある。
わずか2年で退位を余儀なくされた花山天皇は仏門に入り、
やがて熊野へ向かうことになる。
那智山に籠って修行していた花山法皇のもとに龍神が現れ、
如意宝珠・水精の念珠・九穴の大鮑を献じた。
花山法皇は如意宝珠を岩屋に、
念珠を千手院に納め、
九穴の大鮑は那智の滝の滝壺に沈めたという。
九穴の大鮑を食した者は不老長寿となり、
滝の水を飲んだ者は延齢を得る。
白河上皇が九穴の鮑のことを聞き、
滝壺を探させると今なお鮑はあり、3尺ばかりの大きさであったという。
3尺と言ったら90センチほどの大きさ。
とんでもなく大きな鮑である。
丹後では「鮑を食してはならない」というタブーがあったが、
熊野では「九穴の大鮑を食べた者は不老不死になる」という伝説が残っている。
丹後と熊野。日下部と花山天皇。そして竜宮城と九穴の大鮑。
その後、九穴の鮑はどうなったのか?
白河上皇はそれを食したのか?
白河上皇は大治4年7月7日に77歳で崩御した。
まぁ、当時にしては長生きした方だが『九穴の大鮑』を食したようには思えない。
九穴の大鮑は今も那智の滝壺の底で生きながらえているのだろうか?
お知らせ。
今日記事を書いたので、
5月12日日曜日、5月13日月曜日と、ブログをお休みします。
ご了承下さいませ。