島根県のほぼ中央にある三瓶山。

その古名は佐比賣山(さひめやま)といった。

※以後、さひめ山と書く。漢字より音が大事なので。

さひめ山は国引の際、杭になった山だそうだ。

もしかしたら古代出雲の要となる山だったのかも知れない。

佐比賣山神社という神社もあるけれど…

なんか腑に落ちないのだ。

 

 

佐比賣山神社。

さひめ、という名があるのに祀られているのは佐比賣命とかではなく、

金山彦命と金山姫命。

埴山姫命・大山祇命・木花咲耶姫命を相殿に、

闇靇神・廣國押武金日天皇(安閑天皇)を別殿に祀る。

うーん。なんかおかしいのよね。

※調べてみたところ佐比賣命などという神はいなかった。

ただし宮城県宮城郡利府町に伊豆佐比売神社があり、

そこの祭神は伊豆佐比売命である。

 

 

しかも、さらに変なのは三瓶山の名前のことだ。

『出雲国風土記』によれば、

和銅6年(713年)元明天皇の詔(みことのり)により風土記編纂が命ぜられる。

郡郷山野の名を3文字なら2文字に、

凶音をもつ名は好字(こうじ)に変かえるようにと。

さひめは3文字だから2文字の三瓶に変えられた?

しかし凶音ってなんだろね?

さひめ山が三瓶山と改名されたのは神亀3年(726年)のこと。

天平5年(733年)に『出雲国風土記』が編纂されるのだけれど、

冒頭の国引神話では引綱を繋ぎ止めたのは「さひめ山」と記されている。

ああ、やはり…

出雲の国引神話において「さひめ山」は重要なのだ。

その名を良しとしない大和朝廷はそれを消して「三瓶山」としたのだ。

さらに佐比賣村というのがあったのだけれど、

市町村合併でなんとなく「さひめに音の似ている」三瓶町に改名させられた。

「佐比賣」の地名が消えたのは昭和29年(1954年)のこと。

 

 

さひめ。

たぶん…おそらく…

これは幸姫(さいひめ)のことなのだ。

古代出雲の父神はクナト神。母神は幸姫。子神は猿田彦。

さひめ山とは「古代出雲の母神」の名をもつお山だったのだろう。

朝廷は古代出雲の母神「幸姫」を恐れたのだろうか?

 

 

これは邪推かもしれないけれど…

三瓶(さんべ)は「みかめ」とも読める──つまり3つの瓶(かめ)だ。

瓶には遺体を入れて埋葬する。

三瓶という地名は、古代出雲の父母子を「埋葬」するための名前なのかも。

父母子──クナト神・幸姫・猿田彦を。
もともと大和地方で最初に王権を築いたのは古代出雲族だし、
伊勢の土地だってもともと猿田彦の土地だった。
記紀神話で都合の悪い国津神たちを抹殺して来た朝廷は彼らを恐れたのだ。
でもどんな経緯があれ…
今、こうしていろんなことが繋がって来るのは彼らの帰還が近いからだと思う。
そんな妄想もありの今日このごろ。
 
 
 
 
追記
さひめ山という名は出雲の国引神話に出て来る。
しかし、さひめ山は後に「三瓶山」と名を変えている。
調べてみるとこの三瓶山が相当ややこしい。
三瓶山とひと言に呼ぶが、
男三瓶山・女三瓶山・子三瓶山とあり、なんと孫三瓶山まであったのだ。
どうやら「男三瓶山」は出雲国と石見国の境にあり、
女三瓶山は出雲国に、子と孫は石見国にあったようである。
ちなみに佐比賣山神社は石見国に属していた。
なので出雲系の神が祀られていないのである。
 
 
 
 
でもまぁ、古代出雲王国というのはこんなに ↑ 広かったわけで。
後世で出雲国・石見国・隠岐国と分かれてしまうが、
島根県全部が古代出雲王国だったのだから、どの三瓶山が?という問題ではない。
とにかく三瓶山は「さひめ山 = 幸姫の山」だったのだ。