3か月ぶりのブログ更新となりました。

大変ご無沙汰しております、富士子です。


来月4月5日に山梨大学医大附属病院で子宮筋腫の摘出手術を受ける事になりました。

今日はその術前検査を受けにきてます。

さっき終わって病院併設のスタバでまったり中です。



過去記事を読んでくださっていた人の中には

「富士市立中央病院で手術受けるのじゃなかった?」

「山梨医大病院に子宮筋腫の名医がいてはるばる県境を超えて手術受けに行くの??」

と混乱してるかもしれませんね。


富士市立中央病院での子宮筋腫の治療が次の生理が来ないため始まらない、それで手術日程も決まらない間に、またまた人生のターニングポイントがやってきて、実は昨年末に山梨県民になってました。


1年半お付き合いしいた彼と同棲を始めるため、富士山の南側静岡県より北側山梨県西部に引っ越したのです。

そう彼は梨っ子だったんです。


事の発端は昨年11月上旬。

当時働いていた派遣先の仕事が今年の3月まである予定だったのが、急遽今月末で終了となったと伝えられました。


派遣会社は次の派遣先として、当時住んでいた沼津市周辺で長期の条件のいい仕事をいろいろ紹介してくれましたが、もともとこの仕事が終わった来春ぐらいから山梨で同棲始めようかと考えていたので、長期でなく短期の仕事を希望しました。

長期の仕事を希望する人が多い中、不思議がられて理由を聞かれたので実は・・・と打ち明けたところ、その派遣会社は甲府にも支店があったためそちらに話が持っていかれ、山梨のコーディネーターさんから仕事の紹介が来て、あれよあれよという間に彼の家から車で10分のところの会社に採用が決まってしまいました。


急な展開に戸惑ったものの、乳がんになってから事の成り行きに身を任せる大切さを実感していたのでエイヤッーと、この流れに乗ることに。

11月28日まで前の派遣先で働き、沼津市内に借りていたアパートを5日間で片付け引き払って、12月4日に引っ越し、2日後の6日から新しい職場に行き始めました。


ちなみに私の誕生日は12月5日なので、

山梨県移住&同棲初日に50歳を迎えました。


さて、そんな怒涛の引っ越し準備真っ只中、生理が2か月半ぶりにやって来ました。

生理のタイミングで注射を打つので来たら電話するように言われていた富士市立中央病院に一応電話はかけたのですが、産婦人科が混んでいるのでまたかけ直してくださいと電話交換手に言われ、結局そのまま山梨に来てしました。

で、定期的に実家に帰って静岡で治療を続けるか山梨の病院を紹介してもらうか悩んでいたのですが、引っ越し疲れか更年期か体調不良を起こして近所の婦人科内科でを受診したら「子宮筋腫を早く取った方がいい」と医大病院への紹介所医を出されて今に至ります。


医大病院に最初に行ったのが12月22日。

その後も行くたびにドクターが変わって見解がチョットずつ異なったり、なかなか手術日も決まらずイラついた事もありましたが、ようやくここまで辿り着きました。


48歳で自分のやっていた会社をたたんで次の人生を模索し始めた途端乳がん発覚したり、治療がひと段落した後も、仕事や住まいが次々と変わり、この数年間、半年後の自分が一体どこでどこで何してるか全く予想がつきません。


今の派遣先も子宮筋腫の手術の事もあって契約更新せず結局派遣会社も今月末で辞めるので、退院したらまた職探しですが、入院中はそんな事も一旦忘れて思いっきりのんびりして、慌ただしかったこの4ヶ月の疲れが癒せたらいいなと思ってます。


入院中にもまたブログ更新して行きたいです。