未知の世界は、常に魅惑的な何かを秘めていた。子供の頃、友達と見知らぬ土地を自転車で「開拓」に出掛けた時に感じた、あのドキドキ・ワクワク感。不安と期待を7対3、いや8対2くらいで割ったあの感覚は今でも忘れない。。その後、成長とともに、私の活動範囲は、自分の住む街から、市へ、県へ、そしてあっという間に国境をも飛び越えていき、既知の領域は増えていったが、未知の世界は常にその裾野を広げていってくれた。
ところが、社会人になって頻繁に仕事で海外を飛び回るようになると、当然のことながら、海外の生活にも慣れっこになってしまい、今ではどこに行っても、もうあのドキドキやワクワクを感じなくなってしまった。未知の世界を開拓していくことで、人は大人になっていくのかもしれないが、それと引き換えに、あの感覚がなくなってしまったことは残念でならない。
全ての男の子が通過するであろうこうした開拓体験の中で、私の記憶に一際深く刻まれているのが、小学校3年生の時に近所のお兄ちゃんたちと出掛けた冒険の思い出である。当時私が住んでいた名古屋市にはまだ路面電車が走っていた。それに乗って、新瑞橋の下水道探検に行くというのだ。子供は何かと大人に内緒で行動したがるものだから、この探検も親には内緒にするように、と斜向いに住んでいる2歳年上のお兄ちゃん、いや、隊長から指令が出された。当時路面電車がいくらしたのか覚えていないが、豚の貯金箱から数十円を取り出して、私は集合場所に向かった。
集合したのは、隊長、隊長の同級生、私、隊長の弟の4人であった。チンチン電車に乗り込んだ私は、かなり緊張していた。運転手が操作するレバー、ワックスが掛かった木造校舎のような床、えんじ色のシート。いつも乗りなれた電車のはずなのに、初めて乗るような感じがした。空席がなかったので、私たちはずっと立っていた。つり革にまだ届かない私は、椅子に取り付けられた取っ手を握りしめ、左から右へと流れる景色を見つめながら、時折車両後部を盗み見た。当時は車掌さんが車両後部に立って、社内を見渡していた。私は子供4人で電車に乗っていることを咎められやしないかとひやひやしていた。3年生の私にとっては、親に内緒で子供だけでチンチン電車に乗って、そんな遠くまで出掛けること自体が既に大冒険だったのだ。
電車に揺られること20分。我々は新瑞橋駅に到着した。当然のことだが、新瑞橋には橋があるのだが、これが名ばかりの橋で、すこしばかり盛り上がってはいるものの、注意して見ないとただの道と勘違いしてしまいそうな橋であった。その下を山崎川という小さな川が流れていた。我々は、電車を降りると目的地「新瑞橋」目指して歩き出した。
橋に差し掛かると、隊長が、「あれ見えるか?」と川岸の斜面を指差した。見ると、川面から50センチくらい上がったところに人が歩ける程度の段があり、そこに下水管がぱっくりと口を開いていた。無機質なコンクリートとは対照的に、涎のようにちょろちょろと汚水を垂らすその口は、どこか生き物のように思われた。私はその様をみて、急に臆病風邪に吹かれた。あんなところに入っていくことなど到底考えられない。とは言え、ここから一人では家に帰れないし、仲間うちで弱虫扱いされるのも困る。途方に暮れた私は、マンホールを暫く見つめた。
我々は隊長の指示に従い、斜面に設置された梯子段を降り、川面近くの段に降り立った。入口から覗き込むと、その下水管は真っ直ぐ続いているようであったが、先は暗くてよく見えなかった。下水管には水深5センチほどの水が流れていて、その緩やかな流れに、苔がゆらゆらと揺らめいていた。周りを見ると、以前に来たことがあるという隊長は、余裕の表情であった。隊長の同級生も、私より一つ年下の隊長の弟も、特段ビクついている様子はなかった。それをみて、私は完全に後戻りできないところに来たことを悟った。
「よし、入るぞ」と隊長が宣言した。子供は大人の行動様式を真似ながら成長していくものだから、彼らの行動には常に芝居じみたところがある。斜向のお兄ちゃんも、完全に隊長を演じていた。「それから、〝あれ″もってきたな?」と隊長がみんなに確認した。
「はい」みんなはポケットを上から押さえながら答えた。
「俺は一番後ろから行くから、お前が先行け」隊長に促されて、隊長の同級生が先頭でその口へと入っていった。私は彼の後に続いた。下水管は、小学生の私でも腰を屈めなければ歩けないくらいだったから、高さにして直径1メートル弱だったのであろう。底を流れる少量の水が、我々の足音を地下空間にことさら大げさに響かせていた。それでも、最初のうちは、背後から照らす外の光が命綱の役割をしてくれているようで、安心感があったのだが、5メートルくらい進むと、直ぐに光はか細くなり、我々は暗闇に飲み込まれ始めた。しんがりを務める隊長から、「そろそろ懐中電灯を用意しろ」と先駆けに指令がでた。彼はポケットから懐中電灯を取り出して、先を照らした。彼の両脇の空間がぼんやりと明るくなった。私は彼の脇から前方を覗き込むと、確かに彼の手元は明るかったが、数メートル先はやはり暗闇であった。
およそ15メートルくらい進んだところで、先頭を行く先輩が歩を止め「右にカーブしてるぞ」と状況を報告した。すると、隊長が、「みんな、そこを曲がった辺りから空気が薄くなるから、ビニール袋を出して空気を溜めろ!窒息するぞ!」と大真面目に指示を出した。私たちは、用意してきたビニール袋をポケットから取り出し、空気を溜めて身構えた。我々は何かに押されるように右に進路を取った。当然だが、そこから先は一層真っ暗な世界が待ち構えていた。我々はビニール袋を口元にあてて、酸素を補給しながら、歩を進めた。もはや、ドリフのコントである。少し進むと、竪穴があり、上から細い光が差し込んでいた。
「これは、マンホールからの光だ」と隊長が説明した矢先、誰かが「うわっ!」と大声を上げた。その原因が何だったのかは分からなかったが、恐怖は瞬時に伝染し、全員が「うわっ!」と叫びながら、一斉に踵を返して、下水管の中を中腰で走り始めた。得体のしれない恐怖。狭い下水管。暗闇。早く走れないもどかしさは尋常ではなかった。命綱のビニール袋などとうにどこかにいっていた。途中で前を行く隊長の弟が躓いて転び、それを避けようとして私は天井に頭を痛打した。そこに後ろから先輩が体当たりしてきたので、私も前につんのめった。下水管内はちょっとしたパニック状態であった。私は、弟を踏み越えていきたい衝動を何とか抑え、彼を立たせて先を急いだ。前方に見える光が徐々に大きくなるにつれて、自分の中に安堵が広がっていくのを感じた。こうして我々は、たった数分ではあったが、下水道探検から無事生還を果たしたのである。
外に出ると、弟は前面がびしょ濡れになっていたし、私も膝を擦りむき、左の肘から先が苔色に汚れていた。全員がホッとした表情をしているのを見て、私は、入る前は平気そうな顔をしていたけど、結局みんなも内心怖かったんだということを知った。それぞれに、怖さを押し殺しながら、怖いとも言い出せずに、あの穴の中に、特に目的もないまま入っていったのである。そして、何かの拍子に、たがが外れて、全員が一斉に恐慌をきたして、逃げ出したわけだから、どっからどう見ても子供の茶番劇である。
しかし、どうであろう?明確な目的も示さず、根拠のない戦術だけを振りかざす隊長。自分の意志に反していながら、集団に流される隊員。何かをきっかけに一斉に逆に振れる振り子。限界状況下でのパニック。何か大人社会でも見慣れた舞台設定ではなかろうか?我々は子供の頃から、未知なる世界を開拓して、成長した気になっているが、その実、あまり成長などしていないように思えてならないのである。
