説法

 

最近はあまり聞く機会がないのですが、

法という字はさんずい「水」に去ると書きますが、

水のように洗い清める教えを説くのを

説法といいます。

 

私も以前に10人位の説法会を

月一回ですが行っていました。

残念な事にコロナ禍で法話をする機会はなくなりました。

 

みなさんとお話すると、やはり仏事は特別な事がないと

縁がないようで線香をお供えするのは、

その特別な時だけのようです。

 

いまの若いご夫婦の家には仏間などありません。

先祖との繋がりが薄れていくのは当然の結果です。

しかし私たちは多くの命を繋いだその先頭にいる訳で、

一つの命ではありません。

多くの命を繋いで存在しています。

 

多くの命のお蔭で生かされていることを、

忘れずに日々感謝を忘れず過ごして欲しいと思います。

 

今日もブログを読んでくださってありがとうございます。