とうとう、るびちゃんが33週目(9ヶ月)に入り里帰り出産のため福島へ帰りました。
妊娠が発覚してここまであっという間だったよね。ベースを湘南に移して少しづつ都会で暮らす準備をしたよね。この3ヶ月色々あったけど、楽しかったね。これからも楽しいはず。
ただ、私・・・るびちゃんが帰郷する日の朝まで仕事の飲みがあり・・・朝帰り・・・そして私は福島に行けず・・・という最後の最後で失態を犯してしまいるびちゃんのご立腹を買ってしまった。仕事とは言え・・・ごめんなさい。しかもこれから忙しい期間に入るのでなかなか福島に行けない。色々と気兼ねさせてしまってごめんね。来週には時間作ります。すみません。
お豆も2000gを超え(頭が映らないくらいしたの方に行ってしまっているので、予想される体重らしい 笑)多分順調に成長して、あと2週間くらいしたら、未熟児のラインを超えるんでは?と思ってます。あとはるびちゃんがこの世にお豆を運んでくれるだけだね。物質的な準備は段々と整ってきているけども、オヤジ・・・精神がまだまだ伴っておりませぬ。立ち会い出産を決めてしまったので私も、同じ空間でるびちゃんの苦しみの一端を担えればと。
思うのですよ。やはりお豆は僕らの生きている世界に必要だから、生を受けたのだと。将来なにかしらの必要にかられてるびちゃんのお腹のなかに現れたんだよ。すごいレアなタイミングなんだろね。絶対全てのことに意味があるんだよ。起こること全てに。ケンカすることも。話し合うことも。また回り道することも。全部意味が裏に隠されてるんだよね。最終的にはハッピーになれるように。なんか世界にたくさんの宗教や教えがあるけど、解るような気がするんです。今なら。
幸せになるために家族ができるんだよ。その家族は唯一の戻れる場所。そう、僕にはるびちゃんいて、お豆が出てきて、サンちゃんがいる家族が唯一戻れる場所になったんだよね。暖かい家族。世界でひとつ戻れる場所。他には無い。だから、お豆も家族を幸せにするために産まれるんだよね。そして、名家ではないかもしれないけど、100年経って、200年過ぎて、僕や、るびちゃん、そして多分サンちゃんが・・・また何十年か経って、お豆も恋をして、結婚して、豆子を・・・・この時代に生きた立派な礎になるはず。母親が亡くなって、悲しみに耽ってるときに、今でも尊敬する先輩がわざわざ宮崎の田舎まで葬儀に来てくれて、僕の喪服の内ポケットにそっと手紙を入れてくれた。それには・・・
「(僕が)生き続ける限り、お母さんは君の身体の中に生き続ける。そして、いつか君が子供を作った時にさらにその中にお母さんは生き続けていくんだよ。だから死んで無くなった訳ではない。ずっと、ずっと、君の家族の心の中にも身体の中にも一緒に生きていくんだよ。だからがんばれ!」と書いてあった。
あれから14年。まもなく僕は母親が亡くなった年にも段々近づいている。そしてやっと僕が受け継いだ母親の血を次の時代に残すことができた。そして、僕のDNAとるびちゃんのDNAが混ざった豆を。少なくとも。社会人とか、日本人とかそういう小さなカテゴリーではなくて、人間としてこの地球に生きている生物のひとつとして、最低限のことがこれで出来た。と思う。長いか(笑)