Kにとって、アメフトをし続けることって、とてもとても大事なことだったんだろう。。


長い間



「誰に言われても医学部いかない。俺は京大でアメフトする」


といい続けていた。




それを


「きつい性格だから、就職してもまわりともめる」


とか


「怪我して使い物にならなくなってからではどうにもならない」

とか



「親もお兄さんも医者だから」



そして



「手先が器用だから」



そんな理由で無理に医学部をすすめるんじゃなかった。



後悔してる。




医学部にいったせいで、父親と、母親の洗脳が強まった



外車何台も乗り換えるお金はあるのに、地域枠で私立に入学させた。



地域枠申し込んで合格したらそこに行かなければならなかった。



それも本人は知らずに親に騙された。



「おまえには、あっちより、この大学のほうが楽しそうでむいてるで」



むいてなんていない。


お金持ちの息子がたくさんいて、華やかさを保ってて、その人たちと対等にしようとすると、どれだけお金かかるか。


Kの性格で楽しいことをお金を理由にやめるなんてできない。



そんなお金親は出してくれないのに。


お金なかったら誰か出してくれるやろの考えやのに。


地元地域枠もあったのに、そちらは貰える?貸与されるお金が、Kが選ばされた地域枠より半分程度だったから、親はそこを選んであの大学を受けさせた。



いまほど私立では地域枠取り入れていなかったのに、あの県では早くから地域枠を取り入れていたから、お金だけで息子を地域枠奴隷の道に進ませた。





親は息子に



「嫌になったらいつでも戻ってこれる」



「病院のサポート体制あるから、優先的に選べる」



と勘違い?ほんとうに知らない?適当?な発言を入学以来長年してきた。


入学前に決めないといけなくて、途中離脱も無理、よっぽど気を付けないといけないのに、当時はいまほど地域枠が話題とならなったのもある。 


しかもうまいことに?合格したら、内容に、ついてデメリットなんて伝える必要もないのか、働くまでは知らされないまま。


優秀なKにとって私立は滑り止めにすぎなかった。


もちろん、受けた私立医学部は全部合格した。


それなのに、地元から離れた地域枠で合格した私立医大に行くことになった。



アメフトをやめてしまって、本当は嫌いな勉強をしないといけなくなってからは、ストレスの発散がなくなった。


部活なんて、私立医学部では強豪校でアメフトをきてきて、アメフトのことをいまも取り上げ続けているブログでも何度も取り上げられてたぐらい活躍していたKにとっては、出会いの場程度のものだった。


ストレスを全部私への暴力、暴言で吐き出し、父親に楽しい話題


K「こんな車将来買いたいねん」



というと


「お前医者なめとんか、そんな時間ないねん」


といきなり怒られた。


落ち着かず、したいこといっぱいあった。



それがまだ、お金なくて、バイトもたくさんしてて、頭もよい親友太郎と海や山にいって大騒ぎしているときは精神的に落ち着いていた。


だけと、海という、同じ友人仲間だったけど、親のお金で贅沢して、嘘をよくつく友人に恨まれ、まんまと騙されて太郎との縁を切ってからはもう、私に対する暴力も暴言もとどまることがなかった。


おさまったのは、留年決まってから、たった3ヶ月。


そこから車ぶつけ、さらに骨折させて、暴力は一旦おさまったけど、暴言は続き、自分のバイクが手に入ってからは夜遊びがさらに増え、母の日以降、訣別宣言から、宮古島までもう地獄の日々だった。



いつもいつも、ふとしたことで怒り始めた。


「ここに置いてたのに、どこやった、いらいらする、なんやねん、この家は」



と朝からどなられることがほとんどだった。



新しかったドアには穴があいたりした。


がんばって買った机の足は壊れた。



押し入れのプラスチックケースも破壊されたあとがいまでものこったまま。



私「なんでそんなにすぐおこるんよ」



K「お前が反省せんからじゃ、ぼけ」


そんなやりとりがほぼ毎日だった。



駐禁事件が終わり、一週間ほどあとに宮古島旅行が近づいていた。


海にずっと騙されてたことは認識できたけど、もう親も悪口いう私には、二度と気持ちが戻ることはなかった。


このころは、アメフトしてた高校時代の友人が結婚しはじめ、海も子供が産まれてた。


Kの頭には


「こいつ年やし、子供できない。別れたい。早く違う女と結婚してか子供ほしい」



そればかり思っているようだった。


本当はとっくに自分の子供できていたはずなのに。



このときも、ずっとこんな状態でも流産のことはまだ言ってなかった。



ひどい言葉でずっとずっと苦しめられ宮古島に行く日になった。



宮古島に、行けばなにかかわる。


まえそうだったように。


きっとすぐには変わらなくても、いいようになる、とそのときは信じていた。



二人の思い出の場所だったから。


こんな風に書いてても、ほんとは悲しい。


なんでここまで人にできるのか、わからない。


涙でる。。