
先日アップした記事、こちら
トマ・ピケティ「21世紀の資本」・・・・・・
世界的ベストセラーでの主張に、オレなりに思うことがあるんで
反論をつらつらとかいてみたよん。
まぁ、この本の主張をおおざっぱにまとめるとこんな感じだ
- 富める者の子は富めるまま、貧しい者の子は貧しいまま
- 有価証券や不動産など投資から得られる利益の伸び率>労働による所得の伸び率、 という社会構造
- 上流階級の子弟はいい教育、親のコネクションでやはり高収入の仕事につく
- そして相続で多大な遺産を手に入れて社会的に地位あるポジションにつく
もくじ
1 結論
2 ノブレス・オブリージュという概念
3 他の人の「21世紀の資本」批判は
4 まとめてみる
1 結論
- ひたすら増税路線でなくって、法整備例えば独禁法とかさ、公正な企業競争を促す仕組みを整備すりゃいんじゃね?
- 別に進学校→難関大学という教育じゃなくっても他の実践的な教育でもかせげるんでないの?
- そもそも、学校教育にたよらず親が子供を家庭内で教育すりゃいんじゃないの?
- 学校教育そんな質が高くってにありがたいものなのか?
- 大企業だって決して安泰ではない、だから大株主も有限責任ではあるが安泰ではない
- 生産性なくって親の遺産食いつぶすドラ息子もいるしよ
- ひたすら増税すっとやっぱ社会の活力をはぎ取ってしまうと思う。成功者に社会的規範をもってふるまうべきだ、みたいな文化みたいなのを醸成していった方がいいと思うんだ
- 格差縮小を目指してどんどん各種税、社会保険料の増額と徴収強化してっくっと、共産主義化してく気がする
- →それは、必然的に、中央集権化ときつい暴力性を帯びる
- それから、徴税は富の再分配だっていう建前があるけど、それ真に受けるなよ
まー、のりとしてこんな感じだがそこいらについて、書いてくよ。
まず、進学校→難関大学進学して、
他の頭のいい、そして裕福な親を持つ子と知り合って
コミュニティをつくり、コネとかでいい会社に入ってキャリアを重ねていくっていう
コースは否定はしないが、
今だとスキルは、動画サービスで学んだり、オンラインサロンで学んだり、コミュニティ形成するという選択肢もあるから、
難関大学入学は必ずしも必須とは言えないと思うんだ。
むしろ、受験の過程でさ、
そりゃ教養にはなるけど、実践的にカネ稼ぐのに役立たな知識習得にリソースさくはめになることもあるという気がするね。
例えば、
古文、漢文だよ。 あと外国の地名とかひたすら暗記さす、地理ね。
オレが思いつかないだけかもしんないけどあの知識ってさ
受験以外、一体なんの役に立つんだよ。
オンラインサロンの例
まー、プログラミングのスクールとか行ってエンジニアとかさ、
同時に、大学でなくっても、難関の士業資格とるとかー
他にも選択しあるとおもうよ~
そりゃ、カネかかるけど、4年生の私立大と比べて
コスパ悪くないんでないかな。
まぁ、発信力つけて、ユーチューバーっていう選択肢もあるしね。
非高学歴で、しかも未成年で稼いでるユーチューバーの例
別にユーチューブだけでなくって、発信力つけてブログとか
情報商材で稼ぐっていうことも並行してやってけるし
まぁ競争はゆるくはないと思うけど、
こーゆー ロールモデルもあるんや。

★教育について、 ホームスクーリングという選択
要は学校に毎日通わせず、基本過程で学ばせるスタイルだな。
親が共働きだときついかもしんないが、ともかくそういう選択肢もあって
実践してる家庭もある。
ホームスクーリングの例
アフターコロナ社会だとホームスクーリングとかさ、
通信教育主体の教育サービス増えてくんじゃないのかな。
キメラゴン氏の進学先、N高 通信教育主体の高校
2 ノブレス・オブリージュという概念
直訳すっと「高貴な義務」 という意味だ。
それは、神から与えられた義務でそれだから大金もちは自発的に
寄付や慈善活動をするそうだ。
まぁ、明文化した法律ではないのでやらん人もいるだろう。
ただ、そういった活動をしておくと、世間の評判はおおむねよくなるだろうし
だから、
商売やってりゃ、やりやすくなる。
うがった見方をすりゃ、
おカネでブランド価値とか、のれん、みたいな
無形資産に投資するという効果もあるだろうね。
そういった概念が普遍的にあれば、明文化された各種税法による
義務としての納税にたよらない社会の再分配は行われるし
それでよくない?
3 他の人の「21世紀の資本」批判は
「21世紀の資本」にはこんな肯定的意見あるが、
税金は公共の福祉の維持・増大のためである(格差縮小もそのひとつ)。しかし、財政は逼迫している。財源が必要である。増税もしくは新税が必要である。逆進的な消費税は増税の方向にある。新税を考えると、筆者(苫米地)の意見とは反対に、
個人の資本(資産)に累進的に課税したらどうかというピケティの意見は検討に値するのではないか。
これ書いた人官僚かよ
大ヒットした本だけに、そして増税容認だけに批判的意見も少なくない。
作家の佐藤優 氏の書評
国家は抽象的な存在ではなく、官僚によって運営されている。ピケティが想像するような資本税の徴収が行われる状況では、国家と官僚による国民の支配が急速に強化される。ピケティは、国家や官僚を中立的な分配機能を果たすと見ている。この見方は甘い。
経済学者 岩井克人氏の論説
ピケティが使う「資本」の概念は、驚くほど、新古典派経済学的でもある。しかしそうなると、資本は定常状態では収益ゼロという説明も当然ありえるが、ピケティは「資本は常に有益で必ず利益を生む」と考える。そこはどう整合するのか。この点はテクニカルなので後述する。 近年の、英米を中心とする所得の不平等の根本要因は、ピケティの言う「資本の論理」ではなく、英米流の「誤ったコーポレートガバナンスの問題」ではないかというのが私の疑問だ。 ピケティも英米で超高給のスーパーマネージャーが増えていることを詳しく述べている。これが、後述するように米国の所得の不平等の一大要因になっている。しかし、そういうスーパーマネージャーがなぜ現れたのか、という点についてピケティは歯切れが悪く説明しきれていない。
たとえば粉飾決算をしたり、利益相反行為に走ったり。これがエンロン事件。経営者の報酬もまさに「お手盛り」で決まる。(お手盛りとは、自己契約の日本的言い回し。)どこかの経営者の報酬がいったん上がると、あとは横並び競争でどんどん報酬が上がる。 本来経営者に課されるべき忠実義務を軽視し、株主主権の名の下に、自己利益の誘因で経営者をコントロールしようとしたことが、英米において、経営者による株主を含む他のステークホルダーの搾取を許すことになった。その結果、資本所得は大して上がっていないのに、経営者の報酬だけ圧倒的に上がってしまった。これが、ピケティが示した英米における所得の不平等化の大きな要因であるというのが、私の考え方だ。 処方箋として、エージェンシー理論に基づくコーポレートガバナンス論を追放するべきだ。株主主権論を相対化し、忠実義務(倫理)を中核としたコーポレートガバナンス論をビジネススクールなどで教えるべきと提案したい。 米国は、経済だけでなく政治もロビー活動や巨額寄付によってコントロールされる寡占政治体制に近づいておりており、後戻りできない地点に来てしまっている気がする。英国は、まだ政治が民主主義的なので、微妙なポジションだ。 日本やヨーロッパはコーポレートガバナンス論がまだ株主主権論、特にエージェンシー理論に侵されていない。この観点からも、日本やヨーロッパではまだ「不平等の英米化」は避けられる可能性がある。
元FRBトップの グリーンスパン
【解説】「マエストロ」がピケティにかみついた。米外交評議会の講演で「ピケティが世界的な資本課税を提言していることについてのあなたの見方は?」との問いに、「それは資本主義ではない」と拒否反応。所得格差即座にが緩やかに広がっているのは事実だが、急速な技術変化にうまくついていけない人たちが出ているためだとの見解を示した。
米国のリバタリアニズム(自由至上主義)の思想家アイン・ランドを信奉するグリーンスパン。やはり、ピケティとは肌が合わないらしい。
タイラーコーエン 大学教授
ピケティは累進的な資本課税は労働意欲に打撃を与えないと主張している。しかし、そうした課税は長期的には人的資本と新ビジネス創出への投資を減少させる。資本収益に関する彼の議論が示唆する重要な意味も認識していないようだ。ピケティが主張するように収益の減少を回避できるほど資本が機動的でダイナミックなら、富裕層の富は課税を回避できるだろう。政府は富裕層を締め上げてもうまくいかないと考え、税収の対象を別のところに求めなくてはならなくなる。(米『フォーリンアフェアーズ』2014年5・6月号)
- 資本家も市場原理の中でリスクテイクしている。必ずもうかるとは限らない
- 格差拡大は資本家というよりむしろ雇われ経営者ががっつり持っていくせい
- 強権的国家支配体制でより良い社会が出来上がるなら、ソビエトと共産党中国はナニ?
といった観点からみると、ちょっとムリがある内容だとおもうけどねー。