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※信仰のさんぽ道より抜粋

※こちらはある女性の小さいころからの信仰の体験発表と勤務している会社の社長さんとのリレー体験発表の模様をアップ致します。

 

・小さい頃からの信仰

私の家は、祖父の代から日蓮正宗でしたので小学校の頃に、「あなたは赤ちゃんの時に御授戒を受けたんだよ」、と母から聞いたのを覚えています。

 

※ご授戒とは、日蓮正宗への正式な入信にあたり、これまでの他の信仰や教えを断ち切り、「南無妙法蓮華経」の御本尊に帰依して、生涯正しい信心を貫くことを誓う厳粛な儀式です。

 

ですから、小さい時から御本尊様中心の生活で学校に行く時も、「御本尊様行ってきます」、とご挨拶をし、学校から帰ってくれば「御本尊様ただいま帰りました」と手を合わせていました。

 

そんな私も中学、高校と、少し大人になりかけた頃、「なんで私は日蓮正宗の信仰をしているんだろう?」と疑問を抱くようになりました。

 

御住職も親も「日蓮正宗は世界で唯一の正しい宗教なんだよ」と言うけれど、

 

「それは誰が証明しているの?偉い宗教学者が言ってるの?」とそんな疑問を同じお寺に所属している姉にぶつけてみました。

 

すると、姉から、「それじゃ自分が邪宗に改宗して念仏を唱える姿や、自分の葬式を邪宗であげられている様子を想像してごらん。」

 

と言われ、その時、想像してみた私は、あまりの気持ち悪さに鳥肌が立って身震いしたのをはっきりと覚えています。

 

 

生まれた時から、どんな時にも御本尊様に守っていただいて今まで生きてこれたんだ。生かされてきたんだ、と感じた瞬間でした。

 

家に御本尊がある幸せ、お寺に行ける幸せ、御登山させて頂ける幸せ、その幸せにどっぷり浸かっていると、その幸せがどんなにすばらしい功徳なのか感じなくなってしまうんですよね。

 

そうして、そんな私も大人になり、勤め始めた職場は出張がとても多くなかなかお寺の行事に思うように参加できませんでした。

 

それでも、一日の御経日や第二日曜の御講には時間をもらって参加していました。

 

そんなある時、ついつい調子に乗ってしまった私は、「今度の日曜日にもお寺の行事があるので、またお休みさせてください。」と言ったところ、社長から

 

「お寺、お寺って、休みばっかり言って、お寺でご飯は食べていかれんが!」と怒鳴られてしました。

 

私は社長のもの凄い剣幕に、返す言葉もなく黙ってしまいました。

 

日蓮正宗を信仰していない人からすれば、お盆、お彼岸、お葬式以外に頻繁にお寺に行くことは理解できないことなんだろうなぁと、実感しました。

 

それからしばらくして、支部総登山の予定が近づいてきておりましたが、私は先日のこともあり「休みをください」を言い出せずにいました。

 

そんな時、交通手段について悩んでいたときに、社長さんが「なんの話をしとるんや?」というので、

 

「静岡にね、うちのお寺の総本山があって、そこに行く予定があるんですけど、マイクロバスを運転してくれる人がいなくて・・。」

 

それを聞いた社長さんが「俺、大型二種もってるぞ、誰もいないなら運転してやろうか?」と言ってくれたのです。

 

このことがきっかけで、その後社長さんは御授戒を受け、御本尊下付させていただく流れとなりました。

 

今回のことを振り返ると私は「何が何でも折伏するぞ!」という意気込みではなかったと思います。

 

そして、「世界で唯一の正しい信心をしています」と言っても、お寺に行かなかったり、会社の仕事をおろそかにしたり、常識の外れた生活を送っていたらどうでしょう。

 

「信心している、ていうけどこんな人になるなら信心しない方がいいや」と思ってしまうのではないでしょうか。

 

今回、社長さんは私のことをよく観察していてくれて、私のことを信頼してくれたことへの御授戒となったことを後で知りました。

 

※ここからはその会社の社長さんの体験発表をアップ致します。

 

 

私はもともと、神・仏を信じていませんでしたし、すがろうとも思っていませんでした。

 

ですから、うちの会社の彼女がしょっちょう「お寺に行くので休みを下さい」というのに対して、

 

「お盆でもお彼岸でもないのに、なんでだろう」と不思議に思っていました。

 

それを彼女に「どうしてお寺に行くんだ?」と聞くと、彼女は「私は日蓮正宗の信仰をしていて、お寺に勉強にいくんです。」と言われました。

 

「創価学会なの?」と聞くと「違います。」といわれ、私は「創価学会じゃない日蓮正宗のお寺とはどういうところなんだろう?」と興味が湧きました。これがはじめのきっかけでした。

 

この頃、私はいろいろな悩みを抱えており、家に帰っても妻や子供顔を見ても、心の中まで癒されることがなく、そんな場所を求めていたのかもしれません。

 

そんな中、彼女がマイクロバスの運転手を探していることを聞き、引き受けました。

 

彼女たちが御開扉を受けている間に私は、総宝山の大石寺の境内を散策して回りました。

 

五重塔、納骨堂、客殿、などを見て回り、あまりの美しさに感動を覚えました。

 

奉安堂の中も見学できると思い込んだ私ですが、「内拝券がないと入れませんよ」と言われ、その時なぜか、「よし、今度来るときは中をみてやろう。」なんて思いが出てきてきました。

 

その時、私の後ろを老夫婦が、手を繋ぎながら歩いてきました。

 

そして、おばあさんが「親元に来れてよかったね」というとおじいさんが「また、必ずくるよ」と言っていました。

 

私は、長い間親元へ行き来をしていませんでしたので、その言葉を聞いて「今まで自分は親に対して何をしていたのか?」と心が揺れました。

 

そうしてしばらく仕事をこなす日々が続き、今までの人生を振り返って反省している自分がいました。

 

そして、無性にお寺に行きたくなり、彼女に連絡して「今度、俺も一緒にお寺にいくから」と言ってしまっていました。

 

彼女とお寺へ行き、ここは今まで見てきたお寺とは全く違う印象を受けました。御住所の話を聞くうちに「もっと話が聞きたい。もっと勉強をしたい」と思い入信を決めたのでした。

 

そうして日々を続ける中、周りにも「この頃、顔も変わったし雰囲気も優しくなったね」と言われるようになりました。

 

わたし自身も、以前の自分と比べて大きな変化を感じていました。

 

そして、「これは御本尊様に救っていただいたのだな」と実感しました。

 

以前は「お寺ではご飯は食っていかれんが!」と言ってた私ですが、今では、彼女に「なんでもっと早く教えてくれなかったんだ。」なんて言っているしまつです。