大好き。やさしくされるの。あの人にも、この人にも、その人にも、あなたにも。 

 なのに、「自分のことを優しいって、表現されるのが一番いやだ」

 という人に出会った。 時に皮肉っぽく使われる言葉ではあるが、大多数がそうじゃない。なぜ、嫌なの?

 

 ありがたいことに、私のまわりの人達は本当にやさしい人達ばかりで、くだらない用事から、明日死んでやる!の状況まで「それでどうした」と、付き合ってくれる。もう大人だからある程度ラインを引いて、けっして親切の押し売りをしてこない。 いいタイミングでメールや電話を「普通」にくれる人々。

 表向き明るい私ですが、思いつめる速度はかなり速かったりする。想像が妄想を呼び、妄想がまた妄想を呼び、その妄想が別の妄想を呼び、そのうち妄想していることに疲れて、そもそも何を想像していたのかすらわからなくなってくる。 だからこれからは、悩んだらそれを紙にしたためておこうと決めたばかり。   うん、変な作業だ。        悩んでいる時に、ガツンと厳しいことを言ってくれるのも十分胸に響くけど、私はやっぱりやさしくして欲しい。「そうか、そうか」と聞いて欲しい。  

 とはいえ、私もいろいろな経験をしてきた今、「やさしい」が単純に親切や思いやりの表現だとは思っていない。  好きな歌にこんなフレーズがある。

「許さないという方が 許すよりもかんたん どっちも苦しいとして あなたなら ねぇどうする?」

 …あぁ、これの答えがホントの「やさしい」に繋がっていくんだと、今の私は思う。どれだけ受け入れ、受け止められるかで、大切な人への「やさしい」になれるのかもしれないと。 まだまだだ、私。              

   やさしい人と言われるのが嫌と言うその人も、「みんながよく口にする‘やさしさ’とは、どっちつかずで優柔不断なだけ」 と、言っていた。

それは、私が最近気がついた「やさしい」の考え方に近いと思う。だから、この人は私にとって、やさしい人なんだ。

 

 意味が伝わらなかったらごめんなさい。

 こんなことも考えつつ 、毎日暮らしてます。眠ります。二度寝です。

 

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