不登校の『兆候』を

思い出してみた。


不登校になったのは高校1の秋。

よくよく考えてみると、

これまでに2回プチ不登校をしてたのですびっくり←私は不登校だと受け容れて認められていないので、どこかでその事実は関係ないことだと、封印してました。これは無意識のなせる技です口笛


まず1度目は

小学生2年の時、登校中に涙が出るーえーんと言って帰ってきました。


それからは放課後に宿題を取りに行くだけの期間が数ヶ月。

『休めば大丈夫^_^』と余裕でした。

実は息子が支援学級に所属していて

子供に寄り添うこと!

学校は休むという選択もある!

と知ってました。


なので、娘には翌日からお休みさせて、お家で宿題したりゆっくりさせて、公共のカウンセラーさんとも繋げました。

あまり覚えて無いのですが、小3からは学年も先生も変わり、通うことができたのです。

ヤレヤレ大丈夫だー!と思ってたら


小4の夏前から、教室に入れなくなりました。

この時は

あれ??これは

『困ったぞ』

『また行かないの?』

『何が?原因なんだろう?』


ヤバイ!どうにかして行かせなきゃ!

発動しましたね。

 

4年の時は、

アレや!

コレや!

やりました。


アレや!コレや!も次回、回想していこうと思う。(備忘録)



今思えば、


既に始まっていたのです。

子供からのサイン


気付かないの?お母さん!!

命全部で、表現してくれている

『子供からのサイン』


気づかずにスルーしてたなんて

ごめんね。

今思えば

本当に悔しい。

でも気づかなかったのは、仕方のないことだ。

気付くのにも必ずベストなタイミングがある🌟そう思える。


今なら娘に、息子に、ありがとうと言えるよ♡

自分に向き合って、自分を知って、

自分のことを学んでいく過程のどこかで、

心から

私のところに産まれて来てくれてありがとう。

と思える日がやってくる。


次回は、アレやコレや

を書いてみよっ。