遍照寺は成田山新勝寺を開いた寛朝様のお寺です。
寛朝様は宇多天皇の孫にあたります。
ですので『仁和寺』へも参拝しました。
本堂でお参りをしていると『元の場所へ行って稚児を頼む』と言われました。
元の場所とは稚児がいる神社の事とすぐに分かりました。
参拝を終えて『児神社(ちごじんじゃ)』へ向かいました。
大覚寺近く広沢池のほとりにある小さな神社です。
祭神は広沢の地に遍照寺を建立した名僧、寛朝大僧正様の侍児です。
平安時代中期の998年(長徳4年)6月12日、寛朝大僧正が亡くなると仕えていた侍児は、悲嘆・悲泣して寛朝大僧正の後を追って、遍照寺山腹下に広がる広沢の池に身を沈めたと伝えられます。
その後、近在の人々がこの稚児を哀れと思って、その霊を慰めるためにここに社を建てたそうです。
境内に入ると背中が重くなりました。
亡くなった稚児が乗って来ました。
私は稚児をあやすようにおんぶして慰めました。
お参りをしていると涙が出てきます。
稚児に話しかけ弔ってあげました。
私が今回の京都参拝後の大きな目的の一つはここに来ることだと悟りました。
ずっと稚児は待っていたのだと思います。
その後は遍照寺跡地へ行きました。
弁財天様もいらっしゃいました。
こうして私の京都参拝旅は無事にお役目を果たして終わることとなりました。
寛朝大僧正様も喜んでいます。
私と共に旅をしてくださいました神々様には心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。
読んでいただいた皆様にも感謝申し上げています。
ありがとうございます。
この次の旅先はもう決まっています。
時期を見つけ参拝旅に行きたいと考えています。
また参拝旅をしましたらご報告しますのでお待ち下さいね。
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