坐禅は



「楽してなんぼ」


これが拙僧の持論であります。


坐禅は厳しい修行、脚の痛みに耐える、忍耐などとおっしゃいますが、それは違う。



我々禅僧がなぜ坐禅をするのか、それは一言でいえば

お釈迦様が坐禅をされたから。...

お釈迦様のまねごとをさせていただいているのです。



お釈迦様が菩提樹下にて坐禅を組まれること七日七晩。


八日目の早暁に東の空に明星が耀くを見てお悟りを開かれました。


これが仏教の誕生です。



そう聞くととても神秘的で近寄り難い、凡人にはわからぬ世界と思いがちです。


ですが、お釈迦様のお悟りとは仏教の教え。


仏教の教えとは人々を幸せにするもの。


お釈迦様にとって人々の幸せこそが大切なことなのです。



さて、そのような大切なことをお考えになるのに、わざわざしんどい姿勢をされるでしょうか?


みなさんなら大事な考え事をするのにどんな場所を選びますか?


静かな公園のベンチ。図書館。トイレ。。。さまざまでしょう。




お釈迦様もきっといい場所を探して辺りをうろついていたことでしょう。


すると目の前に大きな樹を見つけました。木陰がとっても気持ちよさそうだ。


お釈迦様はそこにお坐りになりました。


その時何気なく、自然にとったのが坐禅の姿勢だったのです。


お釈迦様はそれまで様々な修行をされていました。


その中で坐禅の姿勢が自分にとって最も安定する姿勢だということをご存じだったのでしょう。


時の経つのも忘れて考えにふけり、気が付けば七日七晩。


お釈迦様はついに自分の求めていた答えを見出しました。


みなさんも、肩肘張らずにカッコつけず、難しいことで眉間にしわをよせないで楽に楽に坐りましょう。


坐禅は楽してなんぼです。



(2012年10月30日 FaceBookより)