なにかの縁があって出会いが生まれる
「あっしには関わりの無いことでござんす」このセリフを知っている方は、年配の方かもしれません。
「関わりが無い」とは、無関係、無縁ということです。親類のことを有縁の者といい、伴侶と別れるのを「離縁」といいます。仏教でも、縁者がいない故人を、「無縁仏」(むえんぼとけ)といい、守る人がいないお墓を、「無縁墓」(むえんばか)といいます。私たちの有縁無縁は「有ると無い」とう区別として認識しています。
無縁の衆生は度(ど)し難(がた)し
「仏の三不能」という説があります。これは、仏でも、「縁が無ければ救い難い」という説です。この考えかたは少し複雑ですので、ここでの詳細は控えますが、仏の慈悲は、あまねく行き渡り、その人が、望むと望まざるとに関わらず仏は常い救いの手をさしのべられています。
太陽の御恵
例えば、太陽の光のように、私たちは太陽の光を欲しいとか、欲しくないとか関係なく太陽の光の御恵を受けています。太陽の光によってアレルギー反応を起こす人にとっては、太陽の光は殺人光線のように思われ、なんとか光に当たらないように遮光し避けて通ります。
しかしその人にとっても、命をつなぐ食べ物は太陽の光によって作られているのです。アレルギーがあるとか、無いとか関係なく肉も魚も野菜もすべて、太陽と関係しています。太陽の光は、全ての人々にとって必要なものなのです。
慈悲の光につつまれて
仏は縁が有るとか、無いとか関係なく、慈悲の光を与え続けています。あなたが手を差し出せば、仏の慈悲はその手を拒むことはありません。つまり、仏教では有縁でも無縁でもない、その区別を超えた絶対平等なのです。
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