コミュニケーションの嬉しさ

 

 

最近では聞かれなくなりましたが、かつて日本は貧しく、海外に生活の場を求めて、母国をあとにした人々が多くいたことは忘れてはいけません。

 

 

 

当時、海外に移住するのは何日もかけての、乗り心地の悪い船旅でした。希望を胸に旅立ちましたが、降り立った土地では、必ずしも歓迎はされなかたはずです。

 

 

 

移民した人々は、新天地の人々と仲良くすることに努力し、生きるために一生懸命に頑張ったことでしょう。

 

 

 

第二次大戦中、アメリカに永住した日本人は収容所に入れられました。現地で生まれた日系人は、敵意がないことを証明するために、行きたくもない戦争にかりだされました。

 

 

 

祖国日本と敵味方に別れて戦争することは、とても辛いことだったと思います。

 

 

 

海外に沖縄県出身の親戚が、多く永住しています。おもにアメリカ本土やハワイです。

 

 

 

私が初めてハワイに訪れたのは、子どものころでした。真珠湾のアリゾナ記念館では、アメリカ人の目線に、子ども心にも居心地の悪い思いをしました。

 

 

 

戦争とは多くの時間が経ったいまでも、このような場所に立つと、自分は部外者であると、平然とはいられなくなる感じを体験をしました。

 

 

 

いまでも、多くの辛苦を乗り越えて、永住してきた日本人や日系人がハワイに住んでいます。日本のコミュニティも多くつくられ沖縄、広島、熊本などの県人会などがあります。

 

 

 

わたしも、熊本県人会の方に誘われ、訪れたことがあります。皆さんご高齢になられ、参加者が年々少なくなって淋しいので、入会してくれと言われました。わたしは東京出身なのでお断りすると、どこの出身でも関係ない、若い人と話がしたいのだと言われました。

 

 

 

ハワイに住む叔父は日系二世ですが、日本語を聞き取ることは出来ても話すことができませ。その母さんと、お会いすることがありました。

 

 

 

かなりのご高齢でしたが背筋が伸び、かくしゃくとされておりました。私が日本から来たことを懐かしみ、ひさしぶりに綺麗な日本語を聞けたことを喜んでおられました。

 

 

 

私たちは、当然のごとく日本語を話し、聞いている身近なものです。しかし、海外に永住している日本人にとって、普通に話す日本語がとても懐かしく、ふるさとの東北のことを話し涙を浮かべていました。

 

 

 

私たちは、身近なところに大切なものがあることを忘れがちです。海外の人々も、大切なものは私たちと変わりはないのかもしれません。お互いに大切なものを守ることが、コミュニケーションの第一歩なのではないでしょうか。

 

 

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