ビジネスマンと漁師

アフリカに住む漁師が木陰で休んでいました。

 

ビジネスマンがそこを通りすがり、漁師に話しかけました。

 

ビジネスマン「なぜ木陰で休んでいるんですか」と尋ねました。

 

漁師「今日の分の魚はもう捕ったから」と言いました。

 

ビジネスマン「もっと魚を捕れば、たくさん売れてお金持ちになれる」と言いました。

 

漁師「・・・・」

 

ビジネスマン「そして船を買って、もっとたくさん魚が捕れるようになる」

 

漁師「・・・・」

 

ビジネスマン「最終的には会社の社長になり、好きな時に休めるようになる」と熱心に話しました。

 

漁師「でも私は今、好きな時に休んでいるんだけど・・・」

 

この笑い話をどこかで聞いたことがある人もいるでしょう。

 

笑い話で終わらない話し

 

この話しをよくよく考えると、怖い話かもしれません。

 

この漁師は幸せでしょうか。

 

いづれ、ビジネスマンの話しにのり、船を買う漁師も出てくるでしょう。

 

船を買った漁師は、近海の魚を捕りつくしてしまうかもしれません。

 

その時、木陰で休んでいた漁師は魚を捕ることができなくなるかもしれません。

 

結局、船を買った漁師も漁ができなくなり失業します。

 

魚が捕れない海では、ビジネスマンも船を売れなくなるでしょう。

 

欲が皆を不幸にさせるのです。

残り物 遠慮しながら 箸をだし

「遠慮会釈もないやつだ」などと傍若無人な態度を取る者によく言った言葉ですが、最近はとんと聞かなくなりました。

 

死語が増えると、比例して「おやじギャグ」が増えるという悪循環が、頭上でぐるぐると空回りしています。

 

勇気をふりしぼり、かつ遠慮がちに、若者の心をゲットしたい欲望にかられ、下手な洒落を言ようものなら、たちまちあたりの景色が真っ白にかすみ、冷たい視線が胸に突き刺さり、慚愧に震えながら、枕を濡らす毎日です。

 

遠慮とは人への配慮

遠(とお)く慮(おもんばか)るという論語の言葉があります。

 

インドで起こった仏教では、「自我を抑え、他者を尊重し、場の調和を第一に考える態度のこと」と捉えています。

 

つまり自分本位のエゴを出さず、相手を大切に思い、空気を読まなければならないわけです。

 

ただ他者から物を差し出されて遠慮するのではなく、深い意味が「遠慮」にはあるようです。

 

また、「遠慮」には熟慮(深く物事を考える)、慎みや謙遜、慈しみや調和といった意味があるのです。

 

遠く未来を見つめて熟慮する

中国の論語には、「深謀遠慮」という言葉があります。深くはかり、遠く未来までも配慮することは、宗教だけでなく政治や戦争にも使われる用語です。

 

お釈迦様の弟子

お釈迦様はおやじギャグで心をゲットするような浅慮はなかったと思いますが。

弟子たちを叱責することはなく、わかりやすいたとえ話しや、相手の自尊心や理解力を尊重する態度が多く見られました。

 

欲しいものは欲しいと言ったほうが勝つ?

どこかで聞いたことのある歌詞の一節ですが、欲しいものが手に入らないのがこの世の理不尽なところです。

 

過ぎ去った日々は私たちから若さのみならず、いろいろなものを奪っていきます。

 

どんなに努力しても、思っていたほど見返りが少ないと、誰でも思った経験があるのではないでしょうか。

 

執着は苦しみを増幅します。欲しくても遠慮しながら頂くこと、少欲知足は欲望の炎を鎮め、苦しみも少なくします。

 

遠慮しながら生きることが、以外と気楽に生きられるこつかもしれませんよ。

 

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バカとハサミは使いよう

愚か者」を上手に使うのはなかなか大変です。「はさみ」も使いようによっては、危険をともないます。あなたはバカとハサミをどのように使っていますか。

 

仏教には「バガボン」という言葉があります。中国に伝わると「薄伽梵」という漢字になりました。

 

この言葉は、「愚か者」ではなくて「尊き者」となり、お釈迦様の別称です。ハサミも「切れ者」と解釈すると、「尊き者と、切れ者」となり、やはり「尊き者や切れ者を使う」ことは難しさがありますよね。

 

バカの語源

わたしは「仏教的バカ」と「中国的バカ」が混ざり合って日本にやってきたのではないかと考えています。

 

仏教でいう「バカ」は、モハー(moha/梵語)無知・迷妄と訳します。

 

中国に伝わると「無明」や「愚癡」(ぐち)と訳されました。つまり「愚痴をこぼす人はバカを言う」と同義語になりますね。

 

中国の戦国時代に秦(しん)という国がありました。この国に王様以上に権力を持っていた趙高(ちょうこう)という宦官がおりました。

 

この趙高が鹿を指さして馬だと言いました。趙高におもねる官吏は「たしかに馬です」と答えたそうです。

 

これを「指鹿為馬」と言います。ここから「馬鹿」という漢字が来ているのでしょう。

 

インドでのバカは「知恵が無い愚か者」であり、中国では「人におもねる」者を馬鹿と言いました。

 

バカボンがバカを論破する

仏教では、お釈迦様とバカ天の話があります。ちなみにバカ天は天才バカボンとはなんら関係ありません。

 

バカ天とは「Brahma Baka」という経典のことです。この経典に登場するバカは、自我が強くかたよった考えを持った天のことです。お釈迦様がバカ天と対論する場面があります。

 

バカ天は「この世は永遠であり、私は死なない」と言いました。お釈迦様は「この世のすべては無常であり、なに一つとして滅びないものはなく、この真実のみが永遠であると」と言いました。

 

お釈迦様と愚か者の弟子

お釈迦様には大変多くの弟子がおりました。チューラパンタカもその弟子の一人です。この弟子は自分の名前すらも忘れてしまうほどの愚か者でした。

 

他の弟子たちからもバカにされ、自分でもその愚かさ加減に嫌気をさしてお釈迦様に弟子をやめたいと言いました。

 

お釈迦様は「バカを言うな」とは言わなかったと思いますが、真っ白な新しい雑巾を渡しました。その雑巾で床を拭き「ちりを払い、あかを除かん」この一句だけを唱えてなさいと言いました。

 

チューラパンタカはその後、悟りを得てお釈迦様の高弟になったそうです。「苔の一念岩をも通す」という言葉があります。愚直に一つのことを続ける人は、いづれ事をなすのかもしれません。

 

バカをバカにする者はバカを見ますよ!

 

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希望の高校に合格し有頂天になった

知り合いの子どもが、第一希望だった高校に見事に合格しまし。一番驚いていたのが本人だったとのことです。

 

早速、お祝いを持って行くと、合格した本人が松葉杖で出てきました。今度は、こちらが驚く番でした。あまりの嬉しさに有頂天になり、歩道橋を踏み外して骨折してしまったと、せっかく合格したのに落ちたというオチがありました。

 

有頂天とはどんな所

仏教の考えでは、衆生が住む世界は欲界、色(しき)界、無色界の3つに別れています。この2番めの色界は、16から18階層に別れており、その最上階が有頂天と呼ばれます。

 

有頂天では、精神的な働きが非常に微細で、物質的欲望もとても希薄になり、深い瞑想状態の世界だといわれています。

 

有頂天になるのは禁物

知り合いの子どもは、深い迷走?状態で歩いていたのでしょう。有頂天は天界ですが、まだ輪廻転生する世界だと言われています。

 

つまり頑張って合格し、せっかく天界に行ったのに、気を許したために次の瞬間には地獄に落とされてしまったのです。

 

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砂糖は超高級品

奈良時代に鑑真和上(がんじんわじょう)という偉いお坊さんがおりました。

歴史や社会の教科書でも聞いたことのあるお名前だと思います。

 

中国から危険な大海を渡り、日本にわざわざ来日されたのです。

仏教的にも大変な業績を残されましたが、医術的にも当時の中国としては最先端の薬や、それらをつくる技術をもたらしてくれました。

 

その薬の一つに「蔗糖(しょとう)」という、いまで言う砂糖がありました。砂糖はかなりの高級品で庶民には手の届かな存在だったことでしょう。

 

甘露の雨が降る

お釈迦様が誕生された時に、天上から甘露(かんろ)の雨が降ったと言われています。現在でもお釈迦様の誕生日には、赤ちゃんの姿のお釈迦様の像を置き、甘茶をかける風習が残っております。

 

この「甘露」は甘いつゆと書きますが、古代インド語では「不老・不死」という意味もあります。しかし、甘茶は砂糖から作られるのではなく、アジサイに似た植物を煮出し甘味のあるお茶になります。

 

私もこどもの頃に美味しくて、たくさん飲んで気持ち悪くなった思い出があります。

 

砂糖菓子は、お葬式のお供え物?

お葬式に行くと祭壇に砂糖菓子がお供えしているところがあります。これは落雁(らくがん)と呼ばれるものです。

 

甘味の少ない時代には好んで食べられたのでしょうが、現在はモソモソとした食感と、砂糖のかたまりのような甘味で敬遠されるようになったのかもしれません。

 

なぜ砂糖の菓子が落雁と呼ばれるようになったのか不明ですが、中国の砂糖菓子に「軟落甘」(なんらくかん)という食べ物があります。これが日本に伝わり落雁になったという説もあります。

 

いずれにしろ、仏教的に砂糖菓子は現在でも珍重される食べ物であることは間違いありません。

今とむかし

昔は甘茶や落雁の甘味は大変に貴重品だったのかもしれませんが、現在では甘味を敬遠される人も多く、「シュガーレス」がうたい文句になっている食品を多くあります。

 

昔は不老不死の食べ物と言われたのに、現在は糖尿病や肥満の原因の一つにも考えられ「砂糖」も肩身の狭い思いをしていることでしょう。

 

命がけで波濤を超えてこられた鑑真和上も、現状をみれば苦笑いをするかもしれませんネ。

 

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お祭りに行きたい庭師の悩み

ある国の王様が住んでいる宮殿はいつも花が咲きとても綺麗な庭園でした。

この庭園を管理していた庭師は、お祭りに行きたいと思っておりました。しかし、庭木の手入れをしなければならないため、悩んでおりました。

そこで、お猿の親方に相談すると、こころよく引き受けてくれました。庭師は大喜びでお祭りに行きました。

 

水やりの方法がわからないお猿さん

お猿の親方は、子分たちに水やりを指示しましたが、子分たちは「どれくらい水をあげればよいかわからない」と言いました。お猿の親方は、植木を全部抜いて根っこの長いものには多く水をやり、短いものには少なめの水をやるように指示しました。子分たちは納得して水やりをしました。

 

荒れ果てた庭園を見た賢者の一言

当然のことながら、引っこ抜かれた植木は枯れ果ててしましました。祭りから帰ってきた庭師は「びっくり」です。お猿さんの善意を信じた庭師は大変がっかりしました。

荒れ果てた庭園を見た賢者は、善意は大切だが正しい智慧がなければ、むしろたいへんな迷惑になってしまうものだと言いました。

 

せっかくの善意が水の泡

さる知恵とはここから来た言葉でしょうか。自分では善い行いだと思っていても、他人からは迷惑になることもあります。自分本位の善意ではなく、他者を思いやった善行こそ感謝されるものです。

 

「微妙」な味って、どんな味?

「微妙」と言うと、最近では否定的な意味に聞こえます。

「微妙な味」は、なんとも言えない味のようなニュアンスがあります。あの人とは最近微妙です。と言うと、なんとなくシックリといっていないのかなと思ってしまいます。

 

仏教では大違い

仏教では微妙を「みみょう」と読み、意味合いがまったく違ってきます。

「微」(かすか)は、目では見ることが難しいほど深淵な状態であり、「妙」(たえなる)は、とても玄妙で表現出来ない状態を意味します。

つまり、言葉や文字では表現できないほど深淵で、玄妙な状態のことを「微妙」というのです。

 

「微笑」(びしょう)は素晴らしい

拈華微笑(ねんげみょしょう)という言葉があります。

お釈迦様が説法中に蓮の花を拈(ひね)ってみせたところ、弟子の迦葉尊者(かしょうそんじゃ)だけが微笑し、真理を悟ったと言われました。

この「微笑」により、お釈迦様もまた迦葉だけが奥深い教えを悟ったと理解したのです。微笑は、言葉ではいいつくせない以心伝心があるようです。

 

今後、「微妙な味」と言われたら、最高の褒め言葉と受け取って良いのでは・・・

 

 

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銀シャリを食べたことある??

銀しゃりという言葉を聞いたことがありますか。
戦後、お米の無いころに銀色に輝く米のことを「銀シャリ」と呼びました。
最近では、お笑いコンビのほうが有名ですが、この舎利という言葉は「骨」のことを言います。



シャリは尊い人の骨

インドの仏教用語(梵語)では「シャリーラ」と言い、身体や遺骨などのことをさします。このシャリーラが漢字にされ「舎利」となりました。

おシャカさまや偉いお坊さんなど、尊い方が亡くなると荼毘(ダビ=火葬)にされ、その遺骨を大切に保管されました。


おシャカさまの舎利は日本にもある!

尊い方の遺骨は、多くの国に埋葬され信仰の対象として大切に保管されました。
日本でも五重塔などに「おシャカさま」の舎利が祀(まつ)られているところがあります。

ある学者が、世界中のおシャカさまの骨がどれくらいあるのか調べたところ、象一頭分ほどあったとのことでした。
おシャカさまは相当大きい方だったようです。


銀舎利の意味に納得

私もかつて、おシャカさまの舎利を拝見する機会がありました。とてもキレイな真っ白な舎利でした。しかし、どこかで見たことがあるな~と思いました。

いぜん、酒蔵につとめる職人が、酒の原料である米をなんども研ぐと、「こんなに米が小さくなるんだよ」と言って見せられた米がありました。
普通の米の1/3ほどの大きさまで研がれ、キラキラと光る輝きも、大きさも「舎利」とそっくりでした。この米を見れた「銀シャリ」という名称に納得します。

先祖が眠る聖地

おシャカさまの舎利は2500年以上の時空を超えて、いまでも輝きを失ってはいません。ご先祖様の眠っているお墓もまた、各ご家庭の聖地なのです。

お墓は大切にしていただき、家族の安寧のために、子孫のためにも受け継いで頂きたいと願っています。

 

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殺生(せっしょう)な話し

殺生(せっしょう)という漢字は、多くの人が間違えなく読めると思います。「さつせい」と読む人は少ないでしょう。この仏教用語は、多くの人々のなかに浸透している言葉といえます。関西の番組を見ていると、たまに「そんなセッショウな!」と言うセリフを聞くことがあります。関東ではあまり日常用語ではない言葉です。殺生は、読んで字のごとく「生き物を殺す」から来ています。生き物は動物だけでなく、植物など生きとし生けるものの命を奪うことを言います。


 

あのモーセさんも言っていた

教にも十戒(じゅっかい)があります。十種類の戒め(いましめ)です。旧約聖書で「モーセの十戒」が有名ですが、「汝(なんじ)、殺すなかれ」と似たような表現が見られます。仏教では、善い行いの「十善戒」(じゅぜんかい)と、その反対の「十悪戒」(じゅうあくかい)が説かれております。この十悪の中に「殺生」という言葉があるのです。
 

 

尊い命によって生かされる私たち

仏教徒は「殺生」をしてはいけないと言われますが、わたしたちは日常的にお肉や魚、野菜などを食べて命をつないでいます。直接ではなくても、どこかで誰かが殺生したものをいただいて生きているのです。わたしたちは、このような尊い命のおかげで生きていられることは、忘れてはいけません。



 

感謝の言葉「いただきます」

そして感謝の気持ちをこめて、ご飯を食べる時に「いただきます」と言います。これは、尊い命によって私の命をつないでいることへの感謝の気持ちから言うものなのです。動植物だけではありません。

それらを育てたり、運搬したり、お店に並べられたり、多くの方々の「おかげ様」によって、わたしたちは生かされているのです。わたしたちは、多くの生命と他者の努力によって生きていることを自覚し、不平不満を言うまえに、感謝ある生活をこころがけたいものです。

 

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山賊の「一味」って、どんな味?

夜店に行くと「男はつらいよ」に出てくる寅さんのように口上(こうじょう)を言いながら物売りをする店がありました。七味などを売る薬味屋も、流暢(りゅうちょう)に口上をかたるので、聞き入ってしまった記憶があります。七味は、文字通り七種の材料(唐辛子、焼唐辛子、ケシの実、麻の実、粉山椒、黒ごま、陳皮)を混ぜて作るのですが、一味は唐辛子のみです。山賊の仲間などの集団をさして「一味」という場合があります。もともとはおシャカさまの教えを「一味」と言いました。
 

おシャカさまの一味

おシャカさまは、一つの目的のために教えを説かれたからです。それは皆さんを仏様とおなじ境地に導きたいと願ってのことでした。しかし、おシャカさまの教えをすぐに理解できない人のために、たとえ話し(方便=ほうべん)によってご説明されたのです。たとえ話しは、本当の内容(一味)がふくまれていますが、本当の姿(すがた)ではありませ。(七味みたいなもの・・・)
 

ダイゴミは五味

それで、おシャカさまの教えを5段階に分けて、「五味」という考え方に分けた人がありました。最高の段階の味(教え)を「醍醐味(だいごみ)」と呼びます。余談ですが、昔のお坊さんは偉いもので、どのような味なのか研究されたそうです。どうもヨーグルトのようなチーズのような固形物だったそうです。

 

仏様の味

おシャカさまの境地に達すると「わかる味」があるのかもしれません。わたしも、おシャカさまの一味として、ピリリと辛いが人に好かれる味をだしたいものです。

 

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