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あまり面白くない中学校生活だった。
ただ尊敬できる先生と数人の友人に出会えたことが唯一の喜びでした。
高校受験を控えた3年生の正月に高校ラグビーの全国大会をテレビ観戦していた。
公立の伏見工業高校が初優勝。
カッコいいなぁ😆
高校行ったらラグビーやろう‼️
歩いて通える県立高校に入学してラグビー部に入部。
毎日ヘトヘトになるまで練習でした。
それが2~3か月もすると体力がついた分、普通になりました。
自分にとって性格が変わるほどの練習でした。
幼少期に心臓手術で「激しい運動は控えるように」と言われてましたが3年間やり抜きました。
この時に培った体力がその15年後に役立つことになることは全く知らない話ですが(-_-;)
夏休みは朝6時から練習が始まり早ければ9時に終わるんですが、顧問の先生が9時前に見に来たら昼頃まで(*_*)
兵庫県のラグビーレベルは全国大会でもベスト8までが限界でしたが、それでも県大会優勝を狙えるチームでした。
先生の指導にも当然熱が入ります。
皆と同じように練習して来れたんですが、3年生の夏休みある日の練習後の翌日、体力が戻らず練習を休みました。
本当にショックでしたが、それはやはりメスが入った身体の弱さでした。
「これ以上は無理なんだな」と
諦める気持ちよりも、ここまで出来た自分を大事にしようと思いました。
心臓の手術痕
自分の身体にあるのが普通だった
手術痕が無いのが普通なんですけど‼️
小学校の頃は一部のヤツにごちゃごちゃ言われた
今の年齢でヤツらを分析すると、強いヤツに弱い愚かな輩
迎合しないで良かったと思う
中学に入学する時にまた引っ越し
山手の小学校から浜手の中学校
できたての高層団地に新設中学校
同じような時間軸で小学校から中学生になった同級生
あまりにも幼稚だった
同じ市内でもこんなに差があるのか?と愕然とした
同じように学んだはずなのに
中学に入って、幼稚さに呆れて自分はずっと浮いていた
理解してくれる先生がいたことに感謝している
ただ1人許せない「先生」と呼ばれるヤツがいる
授業中にみんなの前で「俺はオマエが嫌いや‼️」と言ったヤツ
小林という体育教師
「先生」と呼ばれる立場で
どこが先生?
と思う
3年生の時、学校内水泳大会
50m平泳ぎに出た後
気分が悪くなり、そのまま意識が飛んだ
周りで見ていた同級生の話では痙攣していたと聞く
実は当日の朝
母親に「学校に行きたくない」と言ったが
「甘えるな」と家を追い出されて学校へ行った
思っていたことが起こった
その「先生」と呼ばれる小林くんは意識を失った俺を担架に乗せてプール外へ
みんなが持ってきている大きなタオルを身体に乗せて、それで終わり
そんな状況で救急車を呼ばなかった判断を下したのはその「先生」だった
「先生」だからといって信じてはいけないと身をもってわかった
もし、今目の前にいたら殴るだけでは済まさない
幼稚な同級生から浮いていたんだから仕方ないか
わずかな人数ながら、理解してくれる先生と同級生がいてくれてことに感謝します😊
その水泳大会での事件後、母の心配は最大になり
診察に開心術を受けたあの病院へ
執刀医はまだ現役でした
カルテが入った大きな分厚い封筒には大きなハンコで「永久保存」
すごい手術だったんだなと気付く
執刀医の診察を待つ間
生まれたての女の子を見た
本当に小さい未熟児だった
お母さん、心配だろうな
弱々しく泣く女の子
「がんばれ」
「がんばれ」
そう思うと中学生ながら涙が出た