こないだ久々に投稿したと思ったら もう早一カ月。

 

思ったよりも覚えていていただいた方が見えて感謝です。

 

 

またまた今回も長くなってますが 根気よくお読みいただける方がみえたら幸いです

 

 

 

 

 

”噓から出た実(まこと)” ということわざ。

 

 

まだまだ自分と言うものを掘り下げたり 哲学的な考えや概念すら持たなかった30才頃

当時の職場で とある美容メーカーが 大企業もよく使うことで有名な海外発の『~~診断』をスタッフ全員でお遊び程度に受けることになりました。

 

 

 

 

なかなかに時間のかかる設問に答えてから数日後 私に届けられた診断結果は 細かいことはもう忘れてしまいましたが

 

『結果主義』 といったものでした。

 

 

 

それを読んだ当時の私は 全く認識していなかったワードに対し『能書きをタレずに 結果を出すこと』がカッコイイと感じ 以後、大きな自分の行動の指針になったように思います。

 

 

 

 

元々そうだったから出た診断結果であるのに それを読んで認識することで更に性質が強化される。

 

 

これは”レッテル張り”という 教育の分野でも応用される手法に似ていて タイミングよくそれを知ることができた私は

子供が小さい頃からこの手法を使って 個人的に良いと思う方向へ誘導してきました。

 

 

 

 

 

そんな”~~診断”の分野でも 近年、特に的確で信憑性が高く 認知度も高いと言われる『MBTI診断』というものを知り

現代らしくスマフォで受けてみたところ

 

 

16種類存在するタイプのうち 私は

 

レア度が高めで 出て嬉しい(笑)”建築家”でした。

 

(日本では3.7%  世界では2%。  16分割だと1タイプ当たり平均6.2%。  最も多いタイプは”仲介者”で 13~16%だとか )

 

 

 

 

小3当時 建築士になろうと毎日家の図面ばかり書いていたので建築家か? と一瞬思ったけどそれは関係ないようでした。

 

 

これについてはウチの子供や 聡明なブロ友さんとも大いに議論し盛り上がりましたが 以前のように診断結果から自意識を刺激されるということはなく

具体的な内容がなんだったかすらも忘れていました。無気力

(覚えているのは レアで賢いとされる建築家であるという一点のみ)

 

 

 

 

それから2年ほど後 昨日のことなのですが 

夕食の時に 高1になった子供が 『あのMBTI診断 16分割のから 64分割のが出たらしいで』と教えてくれて

その場で揃ってスマフォを開いて それぞれで診断を受けてみました。

 

 

 

 

『16分割でも多いのに そこからさらに4倍か』と受ける前からなんとなく圧を感じたのと

それが、”~~者” ”~~家”というタイプそのものが4倍になったのか 16タイプをさらに4分割したのがどっちなのか?という疑問というか興味が湧きましたが まあ、受けたら分かると進めることに、、、。

 

 

皆さんも もし興味があれば『64タイプ診断』と検索すれば 一番上に上がってきますのでお試しください。

 

 

 

 

 

後に書きますが 回答を進めるうちに 16分割の診断では何一つなかった違和感を感じました。

 

 

 

(上述の違和感とは関係ありませんが)進めてまず最初に感じたのは 設問は100個と以前より増えたのですが 選択肢が減ったのです。

 

 

MBTI診断は ↓ 一つの問いに対し 7段階で回答しますが

 

 

 

64タイプ診断は

 

 

 

強く当てはまる

どちらかといえば当てはまる

どちらかというと当てはまらない

まったく当てはまらない

 

の4つしか選択肢がなく 『どちらでもない』もしくは『どちらともいえない』 がありませんでした。

 

 

 

 

”どちらでもない”はある意味 ”逃げ”のように使われるかもしれませんが 個人的には『場合による』と答えたい時に使ったりもします。

 

 

 

 

 

それで、先程の”違和感”が何なのかというと

 

 

問い  『感情的な理解を大切にする』

 

 

これを読んだ時に 『???』となりました。

 

感情的な理解? 皆さん分かりますか?

 

 

 

 

 

子供に『なあ、感情的な理解ってどういう意味?』と聞くと

『そうやんね、俺もよう分らん』とのこと。

 

 

イメージ的に感情の対極に位置する”理性”の部分で納得するのが”理解”と自分は思うので

感情的になっている段階では 理解に進めていないのでは?と思ってしまうのですね。

 

 

 

『腑に落ちる ってことかなぁ?』と聞くと 『まあ、そんなとことちゃうの?』といった解釈に着地しました。

 

 

そういうことがちょくちょくあったのです。

 

 

 

 

で、結果はというと

 

 

こういったものらしく MBTI診断(16分割)に置き換えると

”幹部型”で 本家MBTI診断の建築家とはかなり違った診断になりました。 

 

(自己主張98%!(笑)

 

 

 

16分割タイプでの”建築家”は 客観的に見て(見たつもり)外れておらず あの設問からここまで割り出せるとは良くできたシステムだなと感心したくらいですが

今回の”公明正大なコミュニティリーダー”は 的外れとしか言いようのない結果です。

 

 

 

 

昔、何で読んだか”リーダー”というものについて 『人のやりたがらないことを率先してできる人』という解釈を知ってから

少なくとも 世の中で”リーダーらしく振る舞ってる”人がリーダーではないのだなと 色んな環境で上に立っている人間を観察するようになりました。 

 

 

 

”結果”を大事にし グダグダで怠惰なグループの中で共倒れを食らいたくない私としては そのとき自分なりに最も良いと考えられる方向へ 無理矢理でも引っ張るので

それが結果的に良くも悪くもリーダー(導く人)になることはあります。

 

 

 

ただ、基本的に述べられた意見に聞く耳は持ちますが それは”自分が間違っているのではないか?”という視点は忘れたくないからで

意見が無い人に対しては『後で文句は言わんといてね』というスタンスで 消極的な人に一人一人意見を聞いて回ることはしませんので みんなに慕われるリーダーには程遠いはずです。

 

 

 

それにしても、、、

 

 

 

補助的な解説を読んでいくうちに 『おいおい、寝言もたいがいにしてくれよ』といった項目がでてきました。

 

 

 

幼少期の私は 育ちの中で”根拠のない自信”を得る機会がなく 明るく振る舞い躊躇なく思ったことを口にできる同級生を羨ましいと感じてました。

 

 

いや、そんな言葉で表現できるほど具体的な感情すらなく 自分はただこういうだけのもので あいつはそういう凄いヤツ といった地点から前に進む思考もありませんでした。

 

 

 

つまり、『運命(人生)は(自分の力で)変えられる』というフレーズに触れることがなければ 他人と自分が違うことには気づけても

そこから更に自分を変えようという発想に及ぶことはないのです。

 

 

 

 

それは幼少期だけでなく学生時代も似たようなもので 高校に入ってから小説を読み始めたことで多少の言葉の幅は広がりましたが

フィクションをどれだけ読んでも 文学的表現が内省的発想に繋がることもなければ 能書きで満たせられるほど自信を付けるのは簡単なものではないのでしょう。

 

 

 

 

 

付け加えると ↑図からどれくらいかけ離れているかというと

私は、もしサッカー部なら チームが負けても自分が試合でシュートを決めれてたら晴れやかな気分になるタイプで(だから個人技しかできませんが)

 

 

世間の敷く無根拠なルール 例えば実質無害な大麻はダメで有害なタバコは許容されることについては異を唱えたく

人に迷惑をかけないのなら 見つからないように勝手にやってりゃいいと思います(自分は伝手がないので手を出せてませんが)

 

 

 

 

 

『学生時代はルールを守り 公平に楽しめるように気を配り、、、』 なんて 当時の自分は他人に気を遣える余裕なんてほんの僅かしかありませんでしたよ。

 

 

極限定的な 自分が優位に立ち、目立てるポジションを探すのに必死で 

その反面 他人に予期せぬ不意打ちでイジられたりすることに四六時中警戒し 時には”石ころ帽子”を被るくらい気配を消して生きてきた自分が ”理想的なコミュニティリーダー”だなんてね、、、。

 

 

 

 

人間どこでどう変わっていくのかなんて 全く想像も付かないもんですよ。 この先も。

 

 

↑ ここでも書いたように 幸か不幸か”根拠のない自信”を持たせてもらえなかった自分は(なんなら4人兄弟全員(笑) 

ゆっくりと気の遠くなるほどの時間をかけて ”根拠のある自信”を築いてきました。

 

 

 

というより、能書きやプライド、精神論よりも 結果(成果)を出すことを”無意識に”追い求めてきたことで 

ふと、思ったほど怯えなくていいのかなとか ここはもっとデカい顔していいとこなのかなとか思えるようになったのです。

 

 

 

生まれ持った無根拠な自信を一生通してくれるほど 世間は大らかではありませんし

それを信じて止まない人が 分不相応な振る舞いに気付かないのも同じくらい不憫なものに思います。

 

 

 

と、そんな風に『それはおかしいやろぉ』とお酒をチビチビ飲みながら読んでましたが 最後の方のある項目を目にした時

パーンと風船が割れるように ちゃぶ台をひっくり返すくらいに 今までの診断がどうでもよくなりました。

 

 

 

 

 

おすすめの職業に

 

学校長  警察署  裁判官  が並んでいるのです。

 

 

 

 

これを読まれている方の多くはご存知でしょうが 数年前のコロナ社会の中で 私は感染予防効果のないマスクを形式的に付けるかどうかで

小学校長及び中学校長と 終わりのない問答を繰り広げ 一歩も譲ることがなかったのです。

 

 

 

警察署長や裁判長が大事にする”ルール(法律)”など 所詮人の作ったものなんて 誰から見ても絶対的に正しいとは言えないものは恐らく数多くあり

自分の主観も入れれば 納得いかないものなんてもっとあるでしょう。

 

 

そんな不本意を飲み込み それどころか、それが自分の本意であると言い聞かせて白黒を付ける。

 

自分には死んでも務まらない職業が 『おすすめの職業』ですよ。

 

 

 

 

 

そこまで読んで ハッと思ったのです。

 

 

 

これはMBTI診断を元に AIとやらに作らせたものではないのか?と。

 

 

 

前述の『感覚的な理解』も 一般的な会話が不自由なくできれば まず使わないしおかしいと気付くはず。

 

 

何より、フィクションの作品内の描写でも 現実に聞こえてくる声でも 学校長が治める教育の現場 警察署長が治める組織では

その腐敗っぷりに耐えきれずに『マトモな人は精神を病む前に辞める』と言われています。

 

 

 

きっと、AIが拾ってくる学校長、警察署長のイメージが 表向きのクリーンなものなんでしょう。

 

(それに、”自己主張98%”と”警察署長”って 完全に相反するものじゃね!?という素朴な疑問を抱くのは自分だけでしょうか?  

(組織内の)ルールの遵守って 人によっては自分を殺すことと同義だったりしますからね。

ちなみに、コロナ社会時の公共の場でのマスク着用はルールではありませんでしたし 

個人店で着用を求められるなら その店には行かないというだけでした。

自分は人に迷惑をかけなければ 見えないところでのルール厳守の必要はないと思ってますが 対人の”アンフェア”な行為には厳しいです。)

 

 

 

 

もちろん違っているかもしれませんよ。 

 

けど、現在のAI(と呼んでいるもの)は使いどころが的確なら 極めて有意義な回答をくれるものですが

プログラムによって答えをはぐらかされることも 結構当たり前なことを間違うことだってありますからね。

 

(自分はまだありませんが 先日、友人がChatGPTに道を訊いたところ 『これは間違いじゃないのか?』との質問に対し『ごめんごめん これは間違いだった』と訂正してきたとのこと)

 

 

 

といった診断でしたが、、、

 

 

一週間も経てば 多分”独裁的なリーダー”という以外のことは ほとんど記憶から消えてそうな気がします。

 

 

ウチの子供は それなりに当たっていたそうなので ご興味があればどうぞ。