朝からどぎついのですが、私の前世のお話をひとつ。
明晰夢で感じた前世をある男性と共有した時
それでも、まだ、"体感"としては得られておらず
まだ、頭の中だけのファンタジーとして捉えていたのだと
その一年後、改めて知るのです。
その少し前、大河ドラマの「龍馬伝」が放映され
すべての回を私は食い入るように見て、
その時代の雰囲気、人々の在り方、考え方、世界観
それらにぞっこんになっていました。
「あぁ、好きな世界だな、なんか、いいな」
それはまだ、"スピリチュアル"や"前世"など知らなかった頃でした。
特に惹かれたのは、長崎篇。
和室に絨毯が敷かれその上に洋風の家具。
教会で隠れキリシタンが祈る場面。
そして、蒼井優さん演じる隠れキリシタンの芸妓。
「わーなんか感情移入しちゃいそう。苦しい世の中だったのね」
元々ドラマを見る時には感情移入が常である私が
一番共感したのが、なぜかその芸妓さんでした。
そうです。
お元!ドンピシャ!→ 参考にどうぞ
ヒーリングとアカシックレコードを学んだ後
国内ひとり旅でもしようと決めた先は長崎。
「私、ここに行きたい!」
と体か心かの奥底から声が出てきたのでした。
五島列島にある、堂崎教会。
今でこそ、潜伏キリシタンの関連遺産として
五島列島の一部では世界遺産の登録となりましたが
その時は、そこまで人も訪れていない時でした。
(尚、堂崎教会は世界遺産には含まれていません)
初めての長崎。
長崎市内で大好きなカステラを食べたり
幕末の空気が残る観光名所を巡ったり
現代アートやギャラリー、喫茶店を巡ったり
観光としても楽しみましたが
2日目か3日目かな、一番の目的の堂崎教会へは
フェリーで五島へ渡り、レンタカーを借りて向かいました。
車で走っていたら500m先くらいに見えた教会の建物。
目に入った瞬間に、自分の意思ではなく
大粒の涙がポロポロこぼれて嗚咽が漏れてきました。
頭の中では「なんじゃこりゃ!?」
心と体(魂)は喜んでいるような、感動のような
悲しさを解放しているような…訳の分からない涙。
・・・
この体験によって、ますます…
「あぁ、前世って、本当にあるんだ」
と信じるようになりました。
観念の解放が追いついていなかったので
その時アカシックレコードを読んでいても
苦しい場面であるため、なかなか本質を理解できずにいましたが
その後、様々な経験と観念の解放と
幾度ものリーディングを経て
長崎での前世を腑に落として解放してきました。
ちなみに、その教会の庭のようなところで
(↑この写真の景色が見えるところ)
日焼け防止でタオルハンカチを顔にかぶせて
寝っ転がってアカシックレコードに繋がってたら
地元の人か旅行者か、40代くらいのオジさんが
「どうしたんですか?話なら聞きますよ」
と、下心たっぷりに寄ってこられまして。
(ちがう!失恋の傷心旅行じゃない!でも!
なんて言っていいかわかんない!
前世読むための瞑想だなんて言えない!)
と思いながら
「大丈夫です、ほっといてください」
とお断りいたしました。
当時26歳でしたので、そりゃそう思われますよね。
そこでの過去世は江戸時代頃。
外国人とのハーフで遊女、そしてクリスチャン。
(つまり、隠れキリシタン)
自分のアイデンティティが滅茶苦茶な人生でした。
日本人でもない、特定の国籍がない、居場所がない
体を売って生き延びなきゃいけない、
だけど信仰の上ではそれが許されない、
信仰自体も世間的には許されていない、
そして、恋をして、裏切られた。
いくつものタブーを重ねて、
それでも生きることに執着していた、
そんな人生でした。
・・・
現世で、転勤族に生まれて、帰国子女で
自分のアイデンティティがよく分からなかったのも
恋愛が下手だったのも、(よく痴漢に遭ったのも?)
お酒が好きなのも?(特に麒麟のビール)
なんだか頷けたのです。
繰り返すものなのね、と。
自己否定を作りやすい観念も、ここの過去世も
強かったです。
「私は何者なの?どうしたらいいの?
どう生きたらいいの?」
と、過去世では何をしてもNGだったので、
現世においても自分らしく生きることへの罪悪感は抱きやすかったです。
今はもうそんな罪悪感は抱かないですけどね。
解放してきた今は長崎という地に対しての懐かしさも
感じなくなっていて、不思議です。
その過去世の解放前はひたすら大好きで
ひたすら懐かしさと心地よさに浸っていました。
観念の解放って本当に不思議ですね。
最近ブログをサボり気味でしたが
また気が向いたら、体験談をご紹介していきますね!


